Blood Stone Disturbance
前編
 銀の刃が、虚空を切り裂いた。
 いい感じだ。
 並みの倍違い長さを持つ刀身の重さを、それほど感じない。道具屋の店先で手に取った時からわかっていたが、重心をきちんと考えた上で打たれているのだろう。化物めいた長さのせいで、十年以上買い手がつかなかったといういわくつきの代物らしいが、掘り出しものだった。
 そのまま振り続け、その長さと重さを、身体に刻み込む。
 千回も振ると、さすがに息があがった。
 額の汗をぬぐい、剣を鞘に収める。
 それと同時に、背後から声が飛んできた。
「済んだか? エイセル」
 澄んだ少女の声。
「オマエもヒマだな、アリスタ」
 振り向くと、黒いローブ姿の少女が立っていた。短めの髪に、意思の強そうな顔立ちのせいもあって、何処か中性的な印象を受ける。
「暇というより、他にどうしようもなかった。声はかけたが、気がつかなかっただろう?」
「ああ、悪かったな?」
 剣に集中し過ぎていたらしい。よく周りが見えなくなる。
「ミスリルの剣か、よく掘り出したな?」
 アリスタが笑って言った。
「そうなのか? そこまでわかっちゃいなかったよ」
 苦笑する。本物のミスリルなど、見たことがないから気づかなかった。たぶん道具屋の親父も気づいていなかった。知っていたら値引きになど応じなかったはずだ。
「しかし、魔術師の買い物じゃないな。実験材料ならともかく」
 まぁ確かに、魔法学校の生徒の買い物ではないのは事実だ。
「言うなっての」
「すまない」
 素直に詫びたのはたぶん下心があってのことだろう。
「で、そっちは、なにか面白い本あったか?」
 アリスタの足元に置かれた百科事典大の本の山に目をやる。
 暗黒魔法大全と書いてあった。
「なに買ってんだ?」
 禁書の類ではないだろうか。
「覚える気はなくても、知っても損はない。おまえと同じだ」
 悪びれた風もなくアリスタは言った。
「半分持ってくれるな? 重い」
「今度貸せ」
 部屋に入り浸って、蔵書を漁らせてもらっている借りもあるから、文句を言うつもりもなかった。
 さすがに全部は無理だが、十冊の内七冊まで持って、歩き出した。
 途中、エルシュリクの生徒に出くわした。
 エルシュリク魔法学校、ここアルティマ北部の都市、ベルナ最大の魔術師養成学校で、アリスタもその生徒だ。本来は中央部のエゼク魔法学校の生徒であるエイセルも、今はエルシュリクに通っている。
 エゼク魔法学校は、一年前、魔将の襲撃で破壊された。幸い生徒の死傷者は少なかったが、施設の大半が破壊され、講義の継続は事実上不可能となった。姉妹校であるエルシュリクで講義が再開されたのは、かれこれ二月ほど前のことになる。
 だが、エゼクの受け入れを決めたエルシュリクの校長は別にして、エルシュリクの生徒達のエゼクの生徒に対する態度は、ひどく敵対的なものだった。お互い、他校に対する対抗意識が悪い形で出てしまっているのだろう。毎日喧嘩が絶えなかった。幸いというか、腕っ節は強い。最初の段階で売られた喧嘩を根こそぎ買い取ったお陰でとりあえず自分に関しては、真正面から喧嘩を売られるようなことはなくなったが、それでも街や学内で出くわすと、変な空気になる。
 気にしていないのは、たぶんアリスタくらいのものだろう。なにが気に入ったのかわからないが、妙によく絡んでくる。ただアリスタの場合本来帰属しているエルシュリクの中でも微妙に浮いた存在らしいが。
 親の敵か、魔将でも見るような目で睨みつけられた。
「気にするな」
「しちゃいねぇよ」
 実際どうでもいい。ただ馬鹿らしかった。人間同士、学生同士でいがみ合っている場合ではないはずだ。魔界神の脅威は、今も確実に迫って来ている。今は比較的平和なベルナも、いずれ戦火に飲まれる日が来る。その為に成すべき事は、別にあるはずだ。
 思うだけで、口にはしないが。
 他人に押し付けるようなことでもない。ただ自分の胸に刻み付けるためだけの言葉だ。
 エルシュリクの寮へと戻り、アリスタの部屋に物騒な本を置いたあと、部屋に戻った。
「お帰りなさい」
 部屋の中では、妹のレニーが待っていた。本来男女は別室だが、部屋割りのときに男女ひとりずつ余ったらしい。兄妹なら問題ないだろうと思ったのか、同室に放り込まれた。まぁ確かに問題はないが、うるさくて困る。
「また剣?」
 レニーは呆れ顔になった。
 剣を買ってくるのはこれでかれこれ四本目だ。
「たぶん、これで最後だ」
 これならどうにか、魔将ともやりあえるだろう。
 魔法なしでも。
「諦めちゃったの?」
 レニーは寂しげに言った。
「間に合わせるのは、な。諦めちゃいねぇよ。ただ、奴らは何時来るかわからねぇからな。何時戻るかわからねぇ魔力に頼るわけにも行かねぇだろ?」
 一応、納得してくれたのだろう、レニーは小さくうなずいた。
「先生、なんて言ってた?」
「相変わらずだ」
 エゼクを襲った魔将を迎撃したとき、呪いを受けた。それ以来、魔法が使えなくなった。厳密にいうと、使えないわけではないが、呪文を唱えようとすると、頭に激痛が走る。まるで集中が出来なくなり、まともに発動しない。なにも起きないだけならいいが、想定していた何十倍もの規模の爆発を引き起こしたりする。とても、使い物にはならない。
「まぁ、やっぱオマエだけが頼りだな」
 呪いのことを知ってから、レニーは神聖魔法の修行をし始めた。魔将の呪いを解こうというのが主な目的らしい。才覚はあるようだが、ついた師があまりよくないらしく、今のところやたら攻撃的なものばかり覚えている。何年後になるのかは分からない。
「うん」
 レニーがうなずいた。
 風呂を浴びたあと、二人で食堂に入った。毎度のことだが、空気が悪い。いつどこで喧嘩が起こり、攻撃魔法が炸裂するかわかったものではないので、レニーから目を離せない。ただレニーに言わせると、危ないのは自分の方らしい。なにせ、障壁呪文のひとつも使えない身体だ。<流れ弾>が飛んできた時点で終わりだ。
 今日は特に、危険な空気が漂っていた。
 入った瞬間、完全に戦闘態勢に入った二校の生徒が、長いテーブルを隔てて向かい合っているのが目に入った。
「何の騒ぎだ?」
 騒ぎに加わらず、ひとりスープを口に運んでいるアリスタに声をかけた。
「ウチの生徒がひとり行方不明になった」
「で、どうしてこうなる?」
「パニック状態だな。誰かがエゼクの奴らだと叫んだ。勢いで全員が同調した。勢いでエゼクも乗って、こうなった」
 他人事の口調で、アリスタが言った。
「どうして、誰も止めないんですか?」
 レニーが訊ねた。
「そう思うなら、やってみればいい。怪我をするだけだと思うが、勇気は買う」
 皮肉っぽい口調で言ったアリスタは、そのまま席を立った。
「出よう。そろそろだ」
 ローブの裾から、杖の先がのぞいていた。
 なるほどな。
 言うほど、無関心でもないようだと気づき、微笑した。
「行くぞ」
 アリスタの言葉に触発されたのか、今にも双方の間に割って入りそうな表情を見せているレニーの手を取った。
 部屋を出た数秒後、派手な爆発音が聞こえた。
「派手なスリープだな?」
 眠りの魔法のはずだが、目覚ましに使えそうな爆音だった。
「ウィンダートと混ぜてみた。範囲が広がる」
 竜巻の魔法。合わせて眠りの嵐。
「ムチャクチャだ」
「だから嫌われる」
 アリスタは自嘲気味に笑った。

「いいのかな、こんなので」
 明かりを落とした部屋、二段ベッドの上からレニーの声が聞こえた。
「どうした?」
「こんな風に、ずっと、いがみあってて、いいのかな?」
「よかねぇよ。けど、どうにもならねぇだろうな」
 エゼクとエルシュリク。掛け違ってしまったボタンは、ちょっとやそっとのことでは元には戻らないだろう。きっかけは、わからない。きっとどうしようもなく下らない、つまらないことだったのだろうと思うが、今となっては、どうしようもない。
「待つしか、ないだろうな」
「何を?」
「奴らが来るのを、さ」
「魔将のこと?」
「ああ、そうなるまで、わかんねぇだろうな。人間同士で憎みあってる余裕なんて、どこにもねぇってことは」
「私、お兄ちゃんのそういうとこ、嫌い」
 なにか気に障ったらしい。レニーはそれきり黙りこんだ。
 なにがそんなに気に入らないのか、よくわからなかった。

 それから、二週間が過ぎた。
 消えたと言うエルシュリクの生徒の消息は、わからないままだった。そればかりか、更に十数人の生徒が消えた。今度は、エゼクの生徒も。なにが起きたかわからないまま、ただ対立だけが深まっていった。
 エゼクがやった、エルシュリクがやった。
 そんな言葉ばかりが、重い空気の中を満たしていた。
「ちゃんと調べてんのか?」
 エルシュリクの医務室、いつも通りに呪いの進行をチェックするエルフの医師、ジークに尋ねた。
「ああ、調べてるさ。けれどなにもわかっていない」
 ジークは穏やかな口調で応じた。元々はエゼク側の校医で、以前から親しくつきあっていた。
「魔将が潜りこんでんじゃねえか?」
 考えすぎかも知れないが、全くないとも言い切れない。人の身体に取りつき、自在に操る、そんな魔将が存在するという話も聞いた。
「それだけは調査済みだ。ない。エゼク師とエルシュリク師も同じ見解だ」
「中途半端な見解だな。じゃあなんだってんだ?」
「たぶん、人間だ。生徒かどうかはわからないがね。外部からの侵入者って線もある」
「微妙だな」
 動機がなさすぎる。エゼクとエルシュリクの一部生徒が水面下で暗闘を繰り広げているという説の方が、まだ信憑性があるくらいだ。
「それよりも、レニーから目を離さない方がいい」
「レニーがどうかしたか?」
「この件のことを調べ回ってるらしい。僕のところにも話を聞きに来た」
「あの馬鹿」
「この状況をどうにかしたいんだろう。責める気にはならないけれどね。犯人に気づかれると危険だよ。消される可能性もある。僕の口からも言ったんだが、あまりわかっていないようだ」
「わかった。言っとく」
 そう言って椅子を立った。
 レニーが部屋に戻ってから話そう、そう考えていたが、遅かった。
 レニーは、帰って来なかった。

「まずは冷静になれ」
 アリスタは落ち着いた口調で言った。
「レニーなら少し前に来た。何処に行ったかもだいたい見当はついている」
「どういうことだ?」
「エルシュリクの歴史について、少し話をした」
「それと、レニーに何の関係がある?」
「直接の関係はない。ただ、興味を持っていた」
 そう言うと、アリスタは杖を手に立ち上がった。
「歩きながら話そう。案内する。それと、剣を取って来てくれ、必要になるかも知れない」
 一旦部屋に戻り、ミスリルの大剣を背負った。
 そのまま校舎を出て、裏手の森の中へと入る。
「エルシュリクの歴史の中には、あまり大きな声では言えないものもある。鮮血のアルミエッド、知っているな?」
「ああ」
 二百年ほど前に出現したと言う暗黒魔術師の名だ。ヴァティスの復活を目論見、その儀式のために何百、何千という数の人間を殺した稀代の殺人鬼。
「エルシュリクの生徒だった」
 つぶやくような口調で、アリスタは言った。
「その頃から、その種の性癖というか、趣味があったらしい。その時期にも、今と同じように、何人もの生徒が消えた」
「死んでるはずだろ、蘇ったってのか?」
「そこまではわからない。ただこの先に、アルミエッドが研究所として使っていた洞窟がある。レニーは、関係を疑っているようだった。おまえに相談しろとは言っておいたんだが、すまなかったな」
 珍しく反省したような口調だった。
「気にすんな。一人で突撃するなんて思わねぇよ、普通」
 結構突っ走る性格だ。目を離した自分が悪い。
 アリスタが杖に光を点し、深く、暗い森を照らし出す。
「レニー! 居るか!」
 叫んだが、返事はない。代わりに、前方に、黒い、巨大な影が見えた。
「なんだ?」
 羽根の生えた、悪魔に似た姿の石像。
「大声を出す奴があるか、守護者だ」
「ガーゴイルってか」
 そう呟いて、大剣を引き抜く。
「俺向きだな」
 確か、魔法が効かないはずだ。魔法が使えない魔術師見習いには、ちょうどいい喧嘩相手だろう。
 ガーゴイルが、大地を蹴った。鋭い爪の生えた右手が、顔面目掛けて迫る。
 大剣で受ける。刀身から伝わった衝撃が、全身を揺らした。
 次いで、左の爪が飛んだ。
「エイセル!」
 直撃するとでも思ったのだろうか、アリスタが叫んだ。
 わかってるって。
 タイミングを合わせ、大剣を振りぬいた。
 ガーゴイルの左腕が、千切れ飛ぶ。
 重量のバランスが崩れたのだろう。よろめいた石像の頭頂部に、大剣の切っ先を叩きつけ、砕いた。
 ガーゴイルの動きが止まった。
 珍しく顔を青くした少女に笑って見せる。
「伊達に振り回しちゃいねぇよ。行こうぜ?」
 実戦はこれで二度目だ。最初はエゼクが魔将の襲撃を受けた時、魔法を封じられてやむなく手に取った。妙な話だが、向いているようだ。自然に身体が動く。
「傭兵学校の方が向いているぞ」
 アリスタが毒づいた。
「かもな」
 笑って応じながら、ガーゴイルを見下ろした。
「誰が置いたんだ? こんなもん」
「学校側だろう」
 そういったアリスタは、次いで目を見開いた。
「どういうことだ?」
「なに言ってんだ?」
「エルシュリクが置いた守護像が、何故私たちを襲う?」
「こいつも嫌いなのかもな、エゼクが」
「違う。魔将ならまだしも、人間相手に警告もなしに襲ってくるはずがない」
 それでようやく、アリスタの疑念の意味がわかった。
「どうなってんだ?」
 いくらなんでも、エルシュリクがこんな物騒な指示を出すはずがない。
「学校側以外の人間、魔術師に、支配されているのかも知れない」
「アルミエッドの洞窟がか?」
「ああ」
 アリスタはうなずいた。
「一度、戻って学校に相談したほうがいい。私たちの手に負える相手じゃない」
「そうだな」
 確かに、ガーゴイルまで操るとなると、かなりの使い手だろう。見習い二人では、さすがに手に余る。
「先に戻っててくれ。俺は、行けるところまで行ってみる」
 レニーの身が心配だった。
「無茶だ」
「無茶はしねぇよ。適当なところで戻るさ」
 笑って言って、歩き出した。