Blood Stone Disturbance
後編
 空気が、妙に澱んできた。
 何処かで嗅いだような覚えのある、生臭い匂い。
「妙なもんが沸いてやがるな」
 木立ちの影に、嫌なものが見えた。
 魔将、ゴブリン。数はざっと、十二体くらいだろうか。
「来いよ、相手してやる」
 大剣を構える。ゴブリンたちが、殺到してくる。
 間合いは、こちらのほうが広い。まずは三匹、まとめて切り伏せたが、その間に包囲された。
 構わず、切り込んだ。正面の二匹を両断し、更に突っ込んできた一匹を刺し貫く。
 それが、まずかった。肉の中に深く入りすぎ、抜けない。
 舌打ちをする。好機と見たか、残りのゴブリン達が一斉に襲いかかってくる。剣を手放し、最初の一匹を蹴り飛ばす。
 足に、痛みが走った。
 突き出された槍が、太腿に突き刺さっていた。
 膝から力が抜けた。
「ふざけんな!」
 誰にともなく叫んだその刹那、背後に気配を感じた。
 敵意はない。その代わりに、妙な殺気を感じた。
 振り向いた視線の先に居たのは、見慣れた少女の姿だった。
「伏せてて、お兄ちゃん!」
 そう叫ぶと同時に、左手で印を切る。
 嫌な予感がして、慌てて真横に飛びずさる。レニーのプレッシャーに飲まれたか、ゴブリンたちは追ってこなかった。
「主ラシューヌ神。その御力をもって悪を塵に還せ」
 少女の身体の周囲を、金色の蛇に似た光の帯が取りまく。
「ライトニング!」
 轟音と閃光が、ゴブリンたちを飲み込んだ。

「なにしてたの? こんなところで」
 太平楽な口調で、レニーは言った。
「オマエを探しに来たんだよ。一人で無茶しやがって」
 立場が逆になってしまったが。
「うん、ごめんね」
 レニーは素直に詫びた。
「動かないでね」
 そういうと、足の傷に手を翳す。
 治癒の神聖魔法らしい、痛みがひいた。
「覚えたのか?」
「うん、最近」
 レニーは嬉しそうに笑う。なぜか電撃だけ先に覚えて、治癒や防御の術はさっぱりだった。
「立てる?」
「ああ」
「無茶だよ。ひとりでなんて」
「そうだな」
 さすがに無謀だった。
「どうやって、ここまで来た。ガーゴイルはどうした?」
「こっそり」
「どういう説明だよ」
 そうは言ったが、レニーの方が賢明だと認めざるを得ない。
「とりあえず戻るぞ。アリスタが学校に連絡してくれてる」
「え?」
 レニーは目を見開いた。
「どうした?」
「ダメだよ、それじゃ。学校って、エルシュリク校長先生のことでしょ? 見たの、アルミエッドの洞窟に、入ってくとこ」
「本当か?」
「うん」
 レニーが頷く。
「エゼク校長先生に、相談しよ」
「ああ」
 そう言ったときだった。
 頭上から、声が響いた。
「私に、何か用かね?」
 長い杖を手にした、中年の魔術師。
 エゼク。
 その手の中には、ひとりの少女の姿があった。
 アリスタだ。意識を失っている。
「エゼク先生!」
 そう言って破顔したレニーを、エイセルは思い切り突き飛ばした。
 その空間を、無数の氷塊が撃ち抜いていった。
 コールドブレイズ、氷の古代語魔法。
「アンタもグルかよ、エゼク。テメェの生徒さらって何するつもりだ」
「知る必要はないよ。エイセル君」
 穏やかな口調で応じたエゼクの頭上に、巨大な炎塊が浮かんだ。
 エクスプロード。
 まとめて吹き飛ばす腹のようだが、防ぐ術がない。レニーの障壁魔法くらいでは、防ぎきれまい。
 やるしか、ねぇか。
 目を閉じ、意識を集中した。
 媒体は、ミスリルの剣、古代語魔法の発動媒体としても使えることは確認済みだ。
 頭蓋に、絞り上げられるような痛みが走る。
 構わず、詠唱を続けた。
 決まってくれよ。
「テレポート!」
 エゼクの背後に、転移した。
 振り向いたエゼクの表情に、驚愕の色が浮かんだ。
 ミスリルの剣を一閃し、杖を握ったエゼクの腕を、断ち切った。
 重力に囚われる。そのままの格好で、地面に落ちた。
 剣を杖にして、立ち上がる。
 大きく、息をつく、頭痛に加えて、吐き気までした。
 それと同時に、エゼクもゆらりと立ち上がった。
「さすがは、元首席だ。転移まで習得しているとは」
「うるせぇ」
 踏み込み、エゼクの襟首を掴んだ。
「消し飛びやがれ」
 暴発、自爆は覚悟の上だ。この距離ならば、外しはしない。
 体内を暴れまわる魔力、そして呪詛による苦痛を押さえ込み、解き放つ。
「エクスプロード!」

 そのまま、意識が飛んだらしい。
 目を開くと、ジークの顔があった。
 医務室ではない、倒れた場所と同じ、森の中だ。
「無茶をしたね」
 軽くため息をつきながら、ジークは言った。
「エゼクは?」
「死んだよ」
 ジークは穏やかな口調で言った。
「レニーと、アリスタは?」
「二人とも無事だよ」
「そっか」
 軽くため息をついた。
「君が一番無事じゃない。力ずくで魔法を使うのはやめろと言ったはずだよ」
「使わなきゃこっちが消し炭になってた」
「だろうね」
 ジークは軽く目を伏せた。
「どうなってんだ? 一体」
 わけが、わからなかった。
 数秒の沈黙のあと、ジークは呟くように言った。
「ブラッドストーンだ。まだ、確証はないけれど」
「なんだよ、それ」
「レインボーストーンは、知っているね」
「ああ」
 レインの証。今は行方不明だと聞いた。
「あれを模して、人為的に造られた秘石だよ。レインと同等の力を持つ存在を、人為的に作り出すためにね」
「誰が、そんなもの」
「アルミエッドさ。彼が犯した殺戮は、ヴァティスにささげる為のものなんかじゃない。ブラッドストーンは、強い魔力を持つ人間の血を精製し、結晶化することで造られる。レインと、世界を支配する者と、同等の力を得る。そのために、アルミエッドは殺戮を繰り返した」
「アルミエッドは、死んだんだろ?」
「ああ、死んだよ。だがブラッドストーンの製法だけは残った。この先の、彼の研究所にね。彼らは、それを蘇らせようとしているんだ。魔法学校の生徒の血を使ってね」
「なんのために、そんな真似を」
「レインが、死んだからさ。ヴァティスに対抗できるものは、もう地上に存在しない。だから、自らの手で作り出そうとした。レインに代わる戦士を」
「人の血を、絞り取ってか?」
「そうだ」
「ふざけんな」
 そう呟いて、立ち上がった。
「必要ねぇ、そんなもん」
 レインがいるから、戦うわけではない。護るべきものがあるから、そうするだけのことのはずだ。その為に、他者を生け贄にする行為など、あっていいはずがない。
「そう言ってくれると、思ったよ」
 ジークが微笑し、懐からなにかを引き抜いた。
 銃だった。
「一緒に行こう。血みどろのレインなんて、存在しちゃいけないんだ」
「ああ」
 うなずいたあと、レニーとアリスタの方に目をやった。
「先に戻っててくれ」
 二人は同時に変な顔をした。
「魔法もまともに使えない人間に全部任せろというのか?」
「ゴブリンに手こずるお兄ちゃんに?」
「はいはい、返す言葉もございません」
 まるで勝ち目がなさそうだった。
「二人増える、いいな?」
「ああ、最初からそのつもりさ」
 笑って答えて、ジークが歩き出す。

 洞窟の内部へと足を踏み入れる。
 待っていたのは、魔将の群れだった。レインボーストーンを模したというが、ブラッドストーンは実質的にはかなり魔に近い存在らしい。魔晶石から魔将を作り出すなどという芸当も可能なようだ。
 斬り捨て、撃ち抜き、前進する。
 やがて、巨大な空洞に出た。
 赤い、血の泉が見えた。
 無数の男女の屍が、転がっていた。エゼクと、エルシュリクの生徒たちだけではない、見知らぬ人間やエルフの姿もあった。
 泉の中心には、一抱えほどもある、赤黒く光る宝石が浮かんでいた。
 その前に、一人の老人が立っていた。
 エルシュリク。
 エルシュリク魔法学校の校長であり、数百年の時を生きたというエルフの大魔術師。
「やはり、気がついたな。ジーク」
「犯人が貴方だとは、さすがに思いませんでしたけれどね」
 ため息まじりに、ジークは答えた。
「何故、こんな真似を? 何故、貴方が子供たちの未来を奪うような真似を?」
「ヴァティスが存在する限り、未来などない。それを取り戻すためだよ」
「必要ねぇよ、そんな未来」
 斬り捨てるように言った。
「他の誰かの血を吸った未来なんか、誰も欲しくなんかねぇ」
「ならば、人は滅ぶしかないぞ、それでいいのか?」
 落ち着いた口調で、エルシュリクは言った。
 笑って見せる。
「そうでもねぇさ」
 ミスリルの剣の切っ先を、ゆっくりと上げた。
「レインなんざ、関係ねぇんだよ。俺たち自身の手で選んで、掴み取る。そういうもんだろ? 未来ってのは」
「現実は、それほど甘いものではないよ」
「なら見せてみろよ。アンタがすがってる、その石コロの力って奴を、現実って奴を。叩き潰して、教えてやるよ、人の力って奴を」
「愚かだよ、君は。そこまで言うなら、見せてあげよう」
 そう言うと、エルシュリクはブラッドストーンに手を翳した。赤黒い光が老人の身体の中に吸い込まれてゆく。
 老人の肌の色が変わり、全身が大きく膨れ上がる。若返っている。
 ブラッドストーンが、砕け散った。
 エルシュリクが笑う。
「では、相手をしようか、諸君」
 それと同時に、ジークが動いた。
 銃弾を二発、立て続けに叩き込む。だが、外された。
 その次の瞬間、エルシュリクはジークの眼前へ踏み込んでいた。
 エルシュリクの手にした杖が、ジークの顔面に当たる寸前で、エルシュリクの顔面で小さな爆発が起きた。
 アリスタのファイアボール。天才の名は伊達ではないらしい、恐ろしく詠唱が早い。
 ダメージはないようだが、少し混乱したようだ。
 その隙を逃さず、踏み込んだ。
 ミスリルの剣の切っ先を叩きつける。
 完全に捉えたと思ったが、杖で受け止められた。
 予想はしていたが、腕力の方も、相当上がっているらしい。そのまま、押し戻される。
「口先だけかね」
「でもねぇよ」
 笑い返して、力を抜いた。そのまま、真横へと飛ぶ。
 顔の真横を、電撃が貫き、エルシュリクを直撃した。
「悪かねぇだろ?」
「児戯だよ」
 やはり、あまり効いてはいないらしい。
「アリスタ、ジーク、時間稼いでくれ」
「ああ」
「わかった」
 うなずくと同時に、二人は鉛と火炎の弾幕を張り、エルシュリクを釘付けにした。それを横目に、レニーに駆け寄った。
「アレ頼む」
「あれって?」
「出来損ないのキュアだ」
 それで、意図は通じたらしいが、レニーは戸惑ったような表情を消さなかった。
「できないよ、うまく失敗なんて」
「大丈夫だ。おまえならやれる」
 何か妙な話だが、他に言いようもない。
「わかった。やってみるね」
 レニーは小さく頷くと、左手で印を切る。
「主ラシューヌ神。正しき者に命の恵みを」
 レニーの手が、額に触れた。
「キュア」
 元々怪我は完治している。別になにも感じなかった。
「大丈夫?」
 心配げに言うレニーに、笑って見せた。
「ダメならダメでそんときだ」
 エルシュリクを押さえ込んでいる二人も、そろそろ限界のようだ。ジークは弾切れ、アリスタの方も尋常でない間隔でファイアボールを撃ち込み続けているおかげで大分息があがっているのが見て取れた。
「もういいぜ? アリスタ、茶でも飲んでろ」
 そういうと同時に、アリスタは火炎弾の投射をやめた。とっくに限界を超えていたらしい、足元がふらついていた。
「勝てるのか?」
「たぶんな」
 火炎弾の炸裂で上がっていた煙の中から、再びエルシュリクが姿を現す。さすがにここまで数が重なると、多少は堪えたようだ。手足の肉の一部が、そげ落ちていた。だが自己修復能力でも備えているらしい。見る間に癒えていく。
「小細工は、済んだかね?」
「ああ、細工は流々ってな」
 意識を研ぎ澄まし、空間を跳んだ。
 エルシュリクの眼前で元の位相に戻り、ミスリルの剣を地面と水平に振る。
 銀の刃の切っ先が、魔人の胸を浅く切り裂く。
 反撃を受ける前に、更に跳ぶ。
 今度は、背後。
 戸惑ったように周囲を見渡すエルシュリクの肩を掴んだ。
「何故、使える?」
「出来損ないのキュアさ。怪我には効かないが、痛みだけ消える」
 魔法の行使に必要な集中力を確保できる。
「エクスプロード」
 爆炎が、エルシュリクを飲み込んだ。
 エゼクを斃した呪文、だがエルシュリクは倒れなかった。
 笑う。
「見事だよ。さすがエゼクの秘蔵っ子だ。だが惜しかったな、その呪文では私は斃せん」
「誰が、これが限界だって言った?」
 更に、意識を集中する。
 こちらの意図が、読めたのだろう。
 エルシュリクが、後退した。



「逃げられやしねぇよ。アストラルフレア!」
 煉獄の火が、空間ごとエルシュリクを飲み込み、その存在を、消し去った。

「あんなものまで使えたのか?」
 火を放ったアルミエッドの洞窟の前、終わったあとになってうずきだした頭をおさえていると、アリスタが怒ったように訊ねてきた。
「アストラルフレアか?」
「誰に習った、あんな呪文」
「オマエ」
 頭痛をこらえて、笑って見せた。
「いつか借りた魔道書に書いてあったろ? やり方だけは練習してた。使ったのはさっきが始めてだ」
「どっちがメチャクチャだ」
 アリスタが呆れたように言った。
「どうするの? これから」
 レニーが訊ねてきた。
「どうするかね?」
 ジークの方に目をやった。
「学校には、僕から説明しておくよ。もちろん、エゼクとエルシュリクの生徒にもね。少しは、関係がましになればいいけれど」
「そうだな」
 今度ばかりは、多少は薬になるかも知れない。笑って、そう答えた。

「どうして、こんなことになっちゃったのかな?」
 二段ベッドの上から、レニーが訊ねてきた。
「エゼクと、エルシュリクのことか?」
「うん」
「信じられなかったんだろうな。自分と、人の力を。勝てないって、思い込んじまった。だから、ブラッドストーンなんてもんにすがっちまった」
「勝てるのかな、私たち。レインも、ルラも、もういないのに」
 ひどく、不安げな声だった。
「信じればいいだけさ、自分を。自分を諦めたら、そこで終わりだぜ? 戦う力ってのは、自分自身の胸の中にしかねぇんだ。そいつを手放すな。俺は諦めない。おまえも諦めるな、俺たち自身の手で、俺たちの明日を選んで、掴み取ることを」
「うん」
 レニーが応えた。
「さっさと寝ろ、明日も早いぜ?」
「うん、おやすみ、お兄ちゃん」
 我ながら乱暴な慰めだったが、わかってくれたようだ。明るい声に、軽くため息をつく。
「おやすみ、レニー」
 そう答えて、瞼を閉じた。