Holy Ghost Disturbance
シーンB
「じゃあ、あと頼むぜ」
 アリスタを部屋に放り込み、そう言い置いてから、エイセルは再び大剣を手に取った。
 レニーが血相を変えた。
「追いかけるの?」
「ああ、今ならまだ足跡も残ってるしな」
 逃がせばまた、足取りが読めなくなる。自警団が総出で捜し回っても見つけだせず、結界の密度が高いはずのエルシュリクの内部にまで、平気で潜り込んでくるような相手だ。このまま逃がすわけには行かない。
「無茶だ」
「わかってるよ。けど他にねぇだろ?」
 議論をしている時間もない。それだけ言って、踵を返した。
「待て」
 その声で、足が止まった。
 ティキだった。
「心配してくれるのはありがたいんだけどな。誰か動かなけりゃ、どうしようもねぇだろ? また、人が死ぬだけだ」
「いや」
 ティキは首を左右に振った。
「止めるつもりはない。じゃが、ワシも同行させてもらおう。何も知らぬ人間が手を出したところで、無駄死にをするだけじゃからの」
 表情は、温和なままだが、視線と声音は、恐ろしく強かった。
「わかった」
 どうも、勝てる気がしない。苦笑気味に、そう応じた。
「面倒をかけるの」
「そのぶん働いてくれりゃ、文句はねぇよ」
 そう告げてから、もう一度、今度はアリスタのほうに声をかけた。
「見つけたら連絡する」
 返事は待たずに、歩きだした。

 ほとんど飛ぶような勢いで駆け抜けていったのだろう。随分と、歩幅が広い。
「こっちじゃの」
 先行したのティキが言う。
「爺さん」
「なにかの?」
「どういう因縁がある?」
 ティキは首を傾げた。
「何のことかの?」
「いい加減に、とぼけるのはやめてくれ。顔見てりゃわかる。真剣すぎるんだよ。ただコンピニアに詳しいってだけの人間の顔じゃない」
「放っておけば、また人死にが出るからのう」
「言う気はねぇってか」
 軽く、舌打ちをした。老人は苦笑するように、口元を緩めた。
「訳ありでの。申し訳ないとは思っておる」
「わかったよ」
 そう言われては、無理にというわけにも行かない。
 正体はわからなくても、協力してくれているのは事実だし、人柄そのものは、むしろ信用できるものだ。信じておくしかないだろう。
「すまんの。代わりと言うのもなんじゃが、アレについて、ワシの知っておることを話しておくかの」
「ああ、頼む」
「まず名前からかの。有機脳搭載型多脚狩猟戦車、やたら長いでの。お主も言っとる蜘蛛と言う名のほうが、通りが良いかの。さっきも言ったが、コンピニア、魔法科学文明の落とし子じゃ。開発者は、アーキスと言う男じゃ。デデム、当時のコンピニア三博士、今の魔王じゃの。奴の配下の開発チームのメンバーじゃった。そして、蜘蛛に詰まれた複製脳のオリジナルでもある」
「複製脳?」
「あれは、本来は戦車じゃからの。誰か乗り手が必要になる。それを省くために、人の脳みその複製を作り、積み込んだのじゃよ。失敗じゃったが」
「失敗?」
「人の脳みそじゃからの。そう簡単に、部品扱いできるようなものではない。簡単に、狂ってしもうたんじゃ。目の前にいたアーキス、生みの親を切り刻んで、姿を消した」
 そこまで言ったティキは、深く、ため息をついた。
「じゃが、因果なものでの。自分が最初に受けた命令だけは、忘れはせんなかった。アレは、聖獣狩りのために創られたものじゃからの。そのことだけは、覚えておった。最初に打ち込また命令に従って、聖獣を、狩り殺し続けた。ひどく、歪んだ形ではあるがの。捕獲命令のはずじゃったんじゃが」
 老人の声音には、どこか告悔めいた響きが混じっていたが、今は問わずにおくことにした。
「特徴は?」
「武装は四種類。粘液投射装置と、合成ミスリルのブレードが二本。光学式の高速砲と、やはり光学式の対精霊砲が一門じゃ」
「コウガクシキってのは?」
「ファイアボールの速度と密度を十倍にして打ち出す武器といえば、わかりやすいかの」
「なんだよ、そりゃ」
 まともに食らえば、一発で即死する威力だ。
「主砲のほうはその約七倍と言ったところかのう」
「へいへい」
 嘘や冗談ではないのはわかっていたが、まともに取り合うのが阿呆らしくなるような数字だ。
 そのまま、森へと脚を踏み入れた。



「そういや、こっちの具合は?」
 自分の頭を指さして、とうた。
「ボケてはおらぬがの?」
「アンタのアタマの心配はしてねぇよ。あいつのだ。人間並みって考えていいのか?」
「そうじゃな、恐らく、賢い獣程度じゃろう」
「ああ、やっぱそうか」
 軽く嘆息して、脚を止めた。
 大剣を抜き、背後を振り仰いだ。
 そのまま、真横にステップを切る。
 顔のすぐそばを、何かが撃ち抜いて行く気配を感じた。
 さっき言っていた、光学式兵器と言う奴だろう。頬に、軽い熱が残っていた。
 足跡を逆に辿ってこちらをやり過ごし、奇襲を仕掛けてきたようだ。熊のような大型の獣が使うことのある詐術だ。
 どうする?
 抜いたはいいが、距離が遠すぎる。
 砲撃を完全に外して、剣の間合いに持ち込むというのはまず無理だろう。
「逃げるか、爺さん」
「賛成じゃが、良いのかの? 幽霊のことは、どうするつもりじゃ?」
「このまま足跡に沿って逃げればいい。どこかに転がってるはずだ」
 数百年にも渡る執着、そして移動速度から考えて、蜘蛛がベルクトの追跡より、こちらの迎撃を優先するとは考えにくい。恐らくもう、捕獲したのだろう。
 その上で、「娯楽」の邪魔をしそうな連中を始末しようと、舞い戻って来た。前に見た死体の有り様を見れば、常軌を逸した嗜虐傾向を持っているのは明らかだった。こちらの始末をつけたあと、ゆっくり楽しもうという腹だろう。
「俺には見えねえから、エルフのあんたが頼みだ。とにかく見つけて拾って逃げる」
 ベルクトを回収できれば、やりようも出てくる。アリスタがどう言うか微妙だが、囮に使うこともできるだろう。
「うむ」
 ティキがうなずくのを見やってから、呪文の詠唱に入った。
 魔力の励起に呼応して目を覚ました呪詛が、頭蓋を締め上げる。
「なにをしておる?」
 さして高度な呪文ではない。そのわりに、汗をかきすぎていることを訝しんだのだろう。ティキが問いかけて来た。
「俺も訳アリなんだよ。なんかにつかまってろ。何処にどれだけ、なにが出るかわからねぇ」
 詠唱しているのはウィンダート。大気を制御する呪文だから、適当に砂礫を巻き込んでぶつけてやれば、多少は効くだろう。
 もっとも、上手く行くかどうか微妙な線だ。前に試したときに出たのは、突風でなく、吹雪だった。
 軽く牽制をかけるだけの話で、いちかばちかだが。逃げるにしても、適当に警戒させておく必要がある。飛び道具がないことを見切られて、遠距離から連続砲撃を仕掛けられれば、逃げ切れない。
 出し過ぎだな。
 属性変化は起きなかったが、頭痛のせいで、出力の制御は完全に失敗したらしい。
 必要量の十倍以上。安定してはいるが、強すぎる。このまま発動すれば、間違いなく、爆発するだろう。
 仕方ねぇか。
 暴発させずに、ここまで持ってこれただけでも上出来だ。あとは方向性さえ確保できればいい。
 左手を突き出し、呪文の最後の言葉を紡ぐ。
「ウィンダート」
 戒めを解かれた魔力が、颶風へと転じた。

「何処がウィンダートじゃ」
 立ち木に引っ掛かった老人が、心底呆れ返った顔で言った。
 苦笑しながら、手を伸ばし、降ろしてやった。
「そういう体質なんだよ」
 痛みの残るこめかみを揉みながら、そう言った。
 突っ込みたい気持ちはわかる。前方の立ち木を、根こそぎ吹き飛ばし、森から、原野に変えてしまっている。いくらなんでも、やりすぎだろう。蜘蛛のほうも一緒に吹き飛んだらしい。姿は見当たらなかった。
「死んでりゃ、いいんだがな」
 そう呟いたが、あまり期待はしていなかった。竜巻の呪文は、範囲は広いが、打撃力では炎や氷の術には一歩譲る。もともとほとんど、魔法を受け付けない相手だ。巻き込んだ立木が上手い具合に直撃でもしていない限りは、そう大きなダメージは受けていないだろう。
「厳しいじゃろうな。速く動いたほうがよさそうじゃの」
「ああ」
 とりあえずは、一度退いてくれたようだ。今のうちに、距離を稼いだほうがいい。うなずくと、また頭が痛んだ。
 今ので、打ち止めだな。
 集中力を使い過ぎた。もう一度やろうとすれば、間違いなく暴発することになる。
「呪いかの?」
「ああ」
「言うてくれれば、痛み止めくらいは用意しておいたんじゃが」
「いいさ。効きにくい」
 その手のものが使えればいいのだが、どうも、効きにくい体質らしい。ジークに強い薬を処方してもらったこともあるが、ほとんど用を成さなかった。
 再び足跡を追い、歩きだす。
 どれだけ歩いただろうか、ティキがふと、脚を止めた。
「来たのか?」
 周囲を見渡す、再び蜘蛛が来たのかと思ったが、違うようだ。老人が足元を指さした。
「血のあとじゃ」
 確かに、まだ新しい血痕が点々と、道から離れていく形で落ちていた。蜘蛛の足跡も、それを追う形で伸びている。
「どうなってんだ?」
 蜘蛛が追っていたのは幽霊だ。血痕など残すはずがない。
 途中で、別の獲物を見つけたということだろうか。ともかく、追って行くしかない。
 獣道に入り、茂みの中に踏み込む。
 そこに、居た。
 大きな尻尾と、金色の目を持つ少女。
 なんだよ。
 自分には、見えないはずだ。だが今は、はっきりとその姿が見えた。
 実体化している。
 飛び出すような勢いで駆け寄ったティキが、ベルクトを抱き起こした。
「しっかりせんか」
 血みどろなどと言う、生易しい状況ではない。耳と目が、それぞれひとつずつ、潰されている。全身に刻まれた傷痕からは、ところどころ、骨が覗いていた。
 意識もほとんどないようだ。残った目にも、光は残っていなかった。
「どいててくれ」
 そう告げて、抱き上げた。
「どうするつもりじゃ?」
「連れて帰るしかねぇだろ?」
 幽霊相手に言うのも妙だが、このまま放っておけば、死ぬだけだ。学内に連れ込めば、もう一度、蜘蛛を呼び込むことにもなるが、他にどうしようもない。水際で、迎え撃つしかないだろう。
 こちらの魔力を警戒したか、それとも意外にダメージが大きかったのかはわからないが、帰途での追撃はなかった。校門の前までたどり着くと、ちょうどジークと、リーブが話し込んでいる姿が見えた。
 学校からの連絡を受けて、警備にあたっているようだ。敷地の周囲を、武装した自警団の面子が緊張した表情で巡回しているのが見えた。
 こちらのほうから、声をかける。
「自重しろと、何度言ったらわかるんだ」
 心配していたらしい、珍しくジークは、厳しい表情で言った。
「悪い。あとにしてくれ。先にこいつの手当てを頼む。このままだとやばい」
 そう告げて、ベルクトの、小さな身体を差し出した。
 危険な状態だと、一目でわかったのだろう。ジークは少女を受け取ると、即座に踵を返した。
「なんだ、あれは?」
 怪訝そうな表情で言ったのは、リーブだった。
「聖獣だよ。幽霊だけどな」
「幽霊?」
 目を丸くするリーブ。
「それより、気をつけてくれ。アレがまた来る。あいつを、追い回してるらしい」
「そうか」
 リーブはわずかに、表情を引きつらせた。
 なんとなく、笑みが漏れた。
 緊張はしたようだが、こちらを咎めようなどという意志は毛頭ないらしい。
 ほとんど、自分が呼び寄せたようなものなのだが。
 そのまま校門に、背中を預けた。
「ついていなくていいのか?」
「爺さんがついていったし、心配する奴なら別にいる」
 そこまで言って、笑って見せた。
「俺は、喧嘩するほうさ」

「効いたのか?」
 ベッドの上に横たえられたベルクトの表情から、苦悶の色が消えた。神聖魔法科の生徒たちを駆り出して、治癒の術を施していたエヴァンスが応じた。
「いや、失敗だ」
 そう言って目を向けたのは、やはり駆り出されて居た神聖魔法科のレニー。
「どうしてそう、器用な間違い方ができるんだ?」
 ため息まじりに呟くエヴァンス。確かに、器用と言えばこれほど器用な術者もいまい。治癒の効果は全くないが、痛覚を完全に遮断するキュア。元々は偶然の産物とは言え、恐らく誰にも真似は出来まい。
 当の本人も、気にしてはいるらしい。表情を曇らせていた。
「気にするな。結果的には良かった」
 癒し手なら腐るほど居るが、一瞬で痛みを消し去れる術者など、外には居まい。
 それに、特に問題はない。二回目は、大体成功するようになってきていた。
 メカニズムも、大方わかっている。要するに「痛みを止めたい」と言うイメージが、強すぎるのだ。それが、治癒の効果をねじ曲げる。だからだいたい、最初の一回は失敗する。
 その代わり、既に痛みが消えた状況での二回目であれば、そう失敗することはない。
 要するに、人の良さの裏返しだ。
 そっと手をのばし、ベルクトの額に触れる。ひどい、熱を帯びていた。触覚は、消えていなかったようだ。うっすらと、瞼を開いた。
「アリスタ?」
「痛むか?」
「あらへんよ、ちょっと、カラダ重たいけどな」
 相変わらずの調子だ。人によっては、発狂していてもおかしくないような傷だ。安堵しながら、苦笑した。
「あたりまえだ。どういう身体をしている」
「ウチも、ようわからん。あいつが側に来ると、いつも、こうやけどな」
 能天気な口調で言うと、ベルクトはベッドに手をつき、身を震わせながら上体を起こした。
「馬鹿、動くな」
 傷そのものは、まだ半分も癒えていない。
「そういうワケにも、行かへんやろ」
 ベルクトは微笑する。
「助けてくれたんは、感謝しとる。けど、ウチがここにおると、あいつが、また来よる。また、たくさん人が死ぬ」
 なにを言っても、聞きそうにない表情だった。
 小さく、ため息をついて、ジークのほうに目を向けた。
「とりおさえておいてください。縛り上げてもかまいません」
 そのつもりだったらしい。音も立てずにベルクトの背後に回り込んでいたジークは、ひょいと少女を捕まえた。
「これでいいのかい?」
「それと、付与魔術研究室の、七番倉庫の鍵をあけていただけませんか」
「魔槍を? どうするつもりだ」
 エヴァンスが問いかけてきた。
「あれなら、蜘蛛の装甲も撃ち抜けます」
 炎の魔槍、付与魔術科が保有する中でも、最大級の魔力を持つと言われるアーティファクト。火炎の最上位魔法に匹敵する熱量を常時発生し、並の鎧程度紙切れ同然に貫き、焼き切る。サイズの問題がなければ、アルティマ大陸最強の兵器と言ってもいいだろう。
 サイズに、問題があるが。
 長さは大人三人の背丈より長く、重量は大人五人ぶんを越す。つまり、人間には扱えない。元来はサイクロプスのような巨人の為に造られた、魔界のアーティファクトだったと言われている。
「なにを、考えているんだい?」
「ちょっとした、大道芸です」
 説明するつもりはない。すれば今度は自分が取り押さえられることになるのは目に見えていた。成功率は、エイセルの魔法のそれとそう変わらない程度だろう。
 わかったのだろう、ジークは変な顔した。
「許可は取ったと、伝えていいな?」
 文句を言い出す前に、言葉を重ねた。
「駄目だと言うと、強奪しかねないね。私も同行しよう、エヴァンズ先生、彼女を頼みます」
「あかん」
 ジークの腕の中で暴れていたベルクトが、激しく頭を降った。
「絶対あかん、殺されてまう」
 左の目は、閉ざされたままだが、残った右目が、潤んでいるのが見えた。胸に痛みを覚えながら、平板な口調で応じた。
「心配するな。算段はついている」
 なにを考えているかわからない、そう言われることの多い口調と表情を選んで、告げた。
 一瞬だけ、怪訝な表情を見せるベルクトに、小さく笑って見せる。
「すぐに戻る。たまにはおとなしくしていろ」
 あまり時間をかけると、またぐずりだしかねない。先に出るとジークに告げて、部屋を出た。
 廊下に出ると遠くから、悲鳴と怒号が聞こえてきた。
 校門側。仕掛けて来たようだ。自警団と教官の一部、それとエイセルが警備に回っているはずだ。監視をかいくぐるのは無理だと判断し、強行突破をかけてきたようだ。
「来たようじゃの」
 背後から、声がした。
 ティキだった。ついてきたらしい。
「なにか」
「ひとつ、話しておきたいことがあっての」
「あとにしてもらえないでしょうか」
 時間がない。
「あとでは、遅くての。後悔してからでは、意味がないでな」
「どういう、意味でしょう」
 そう問うた時だった。
 前方、医務室の中に、強い魔力が生じるのを感じた。
 駆け戻り、扉を開く。目を見開いた。
 ジーク、エヴァンス、そしてレニーなどの神聖魔法科の生徒達が全員、その場に倒れ臥していた。
 立っていたのは、ベルクトひとりだけだ。その周囲に、白い霧のようなものが舞っているのが見て取れた。
「なにをした」
「寝てもらっただけや、ちょっと、乱暴やったけどな」
 そう応じたあと、呟くような口調で言った。
「ありがとうな、もうええで、ヒュプノス」
 その言葉に呼応するように、白い霧がかき消えた。
 文献で、見たことがある。召喚魔法。聖獣のみが扱える、精霊と契約、使役する術。
「ほな、行こか」
 能天気な口調と表情で、ベルクトはそう告げた。
「なにを言っている」
「あいつと、やるんやろ? なら、ウチの喧嘩や、おいてけぼりは、スジが違うとるやろ」
 そしてまた、微笑した。
「本当は、逃げとうてしょうがないんやけど。そうすると、また、心配かけてまうからな。今夜で、カタをつける。それなら、ええやろ?」
 嘆息した。よくなどないが、止めようがない。耐性が強いはずのジークやエヴァンスまで簡単に眠らせてしまうような術者だ。自分ひとりで取り押さえるのは不可能だろう。
「わかった」
 不機嫌に応じた時だった。不意に、ティキがベルクトに問いかけた。
「わかって、言っておるのか?」
 ベルクトは小首を傾げた。
「なにゆうとんの? ドワーフの爺ちゃん」
「とぼけても無駄じゃ、このお嬢ちゃんに、なにも知らずに、手を下させるつもりでおるのか?」
 鋭い声で、問いを重ねるティキ。ベルクトの、尻尾が落ちた。
 小さな、ため息が聞こえた。
「そうやな、卑怯やったかも知れん」
「なんの話をしている?」
 その問いに、ベルクトは切なそうに微笑した。
「あかん、うまく言えへんわ。爺ちゃん、悪いんやけど、代わりに話してくれへん?」
 老人は、静かにうなずいたあと、ぽつりと言った。
「蜘蛛を滅ぼせば、この娘も消える」
「どういう、意味でしょう?」
 嘘や冗談ではないのはわかるが、その一言だけでは、解釈のしようがない。
「この娘を、この世に縛りつけているのは、この娘自身の意志によるものではない。蜘蛛の側の、妄執なんじゃよ。蜘蛛が近づくことで、実体を得るのも、その影響じゃ。あれの力が作用して、起こる現象じゃ」
「馬鹿な。何故、そんなことが」
「細かい理屈は、ワシにもわかっとらん。じゃが、事実じゃ。言って見れば、呪いじゃな、魂を、縛り付ける類の。アレが滅べば、呪いも解ける。呪いが解ければ、死ぬ」
 理解したことを、後悔した。
 ある種の、不死の呪いだ。
 精神だけを、永遠に生かし続ける。
 肉体はもう、何百年も前に滅んでいる。呪いが解ければ、自然の摂理に従って、死ぬ。
 呼吸が、できなくなった。
 金縛りにかかったようだ。言葉も出なければ、身体も動かない。
「ごめんな、やっぱ、ゆわんほうがよかったな」
 何をしている、そう自分を叱咤すた。指先が、わずかに動くのを感じた。そこを起点に拳を握りしめた。
 ゆっくり、顔を上げる。
「いや」
 静かに、首を振って見せる。
「あとで、知るよりはましだ。おまえ自身が、覚悟しているなら、それでいい」
 感情は殺すつもりだったが、語尾の震えは、抑え切れなかった。
 わかったのだろう。ベルクトが表情を歪めた、一瞬、泣きそうになったかと思うと、急に、笑顔になる。
「ほな、行こか」
 そう声を張り上げた。
 ひどく、不自然な笑顔で。