其の4 ミス・レオハルト
シーンB
 イーグルチームの朝は早い。食堂で1番の朝食をとり次第、ジュウジュ、ペンソ、シルクレストの3人はデッキへと向かう。時間は午前6時。まずは1時間かけて、それぞれのメカニックと綿密なメインテナンスを行なった後に、7時よりテストフライト。その轟音が、レオハルトクルーの朝を告げる。
 3時間ほどのフライト終了後、メカニックは母艦の整備につく為、メインエンジンルームへと移動。実は、ダジリン達3人。結構忙しい。
 それに対して、イーグルチームの3人は昼食まで、自室休憩。なぜなら、イーグル…すなわちシステムFは、エルフであるパイロットの魔力と同調している為に、その魔力を消費するからだ。精神的疲労が蓄積し、長時間のフライトは精神崩壊を来たしかねないのである。
 とは言え、そんな危惧もどこ吹く風。すっかり日常と化した、朝のフライトを終え、チームの3人は母艦へと帰艦した。
 その3人へ、ヘパイストスは例のチラシを手渡した。

 遅い昼食。食の進まないシルクレストは、金属製の皿に丁寧に除けられたピーム豆をフォークで転がしながら、眉を寄せていた。メニューの主品、ニーハン。米にピーム豆、トウモロコシ、ニンジンを加え塩、ラヨモメと言った調味料で炒めた米飯。そのピーム豆は、シルクレストが苦手とするものである。
「一口でいいから、ちゃんと食べるのよ!」
「ちぇ…」
「世の中には飢えに苦しんでる人だって居るんだから!」
 器を挟んで、向かい側には頬杖をついたクルエがこちらを睨んでいる。
「子供じゃねえんだから、あ〜〜〜〜、やめた、やめた!!」
 ついに我慢の限界に来たシルクレストは、イスから立ち上がった。その時だ。彼のポケットから例のチラシが、運悪い事にクルエの足元にひらりと落ちてきたのである。

「何よこれ」
「あ…」
「……」
 見る見るうちに、クルエの顔が赤くなってきた。

「何よ、何よ、何よこれ〜〜〜〜!」

 大きく机を叩くと、皿がひっくり返り、のっていたピーム豆はコロコロと床に転がった。昼も遅い為か、食堂に残る人間は数少なく、その怒声は大きく響く。
「何って、見ての通りだろ。ミスコンだよ、ミスコン」
「信じられない、こんな時に何考えてるのよ!」
「俺に言うなよ、もうみんな知ってるぜ」
「じゃあ、どう、あんた誰に投票するの?」
「そりゃあ…」
 自分を睨むクルエの視線から逃れ、シルクレストは遠方を見た。視線は定まらないが、その先には舞い踊る美しき副船長。それにクルエは感づいてしまった。
「!」

 
パコ〜ン!

「いっつ〜〜〜〜!」
「おバカ!」
 皿はシルクレストの頭の形にへこんでいた。クルエは真っ赤になって食堂をズカズカと後にする。
「…飢えに苦しむ人が居るんじゃなかったのか…?」
 シルクレストは床に散ったピーム豆をみて小さく呟いた。

「それで、怒って来ちゃったわけね」
 事の顛末を聞いたリップは、クスクスと笑った。次なる目的地・ライアス到着までまだ時間がある。幸い魔界軍の攻撃も無い。午後のテストフライト。大空を優雅に舞うイーグル3機が、ブリッジのウィンドウから見えた。
 敵の察知・ソナーを続けながらも、オペレーター3人娘の大好きなミント・ティーを飲む時間もある。
「コンテストの話、リップとサルサは知ってたの?」
「ええ、大分騒いでいたし」
 と、リップ。
「マーハ様も御公認なんでしょう」
 と、サルサ。
「そ、そうなの?」
「でも、マーハ様とミッフィー様、ヨシュア様は参加されないのよね」
 ずるい…とは口に出せないクルエは頬を膨らました。
「リップさんは安心ですね、ペンソさんがいらっしゃるし…」
 サルサのその言葉に、リップはポンッと赤くなった。
「や、何言ってるのよ!…そ、そういうサルサだって結構、クルーから人気があるって知ってた?」
「いいえ、私はお一人の方にお仕え出来ればいいんです」
「そういうものなの?」
「そうです」
 クルエは苦笑して、ミント・ティーに口をつけた。
「2人ともいいわね、気楽で」
 どうしてこんなに腹が立つのだろう。幼い頃から、いつだって傍に居たシルクレスト。その彼が、サンドラの舞を目にした時、そして彼女の元から離れそうになった時、それまでの生活を捨ててまで彼の傍に居ようとした。傍に居る事は当たり前の事だと思っていたし、シルクレストが居ないと調子が狂う。それに、彼はいつもどこか抜けているし、自分が居ないとダメなのだ。そう思っていた。でも、心のどこかで、

(追いかけないと遠くに行ってしまう)

 そんな焦りが、クルエにあった。だから、サンドラから真剣に舞を教わった。そうしなければ、距離が広がってしまう。夢を追いかけるシルクレストと、ただ漠然と傍に居る自分。
「気付いてないのね〜、クルエったら」
「そうですね」
 リップとサルサは悪戯っぽく笑った。静かな昼下がり、イーグルのエンジン音が遠くで響いている。



 壁に掲げられた、ポスターを見たカタリムは小さく溜息をついた。
「趣味が悪いです」
 問題は別のところにあるだろうが、カタリムの美的センスにそぐわないその内容とデザインに不快感を覚えたらしい。そうして、もう何冊目か分からないスケッチブックを手にした彼女は、とっておきの場所に向かう。

 メインブリッジから、バックアップルームに向かうには、通常第5フロアを通る。その階上第6フロアは、イーグルの緊急着陸地、通称エマージェンシー・エアポートと呼ばれ、低速飛行時は開放され展望台、憩いの場となる。カタリムはさらに、その第6フロアから、進入禁止となっているバックアップルームの頂上へ向かう梯子を上り、そこの縁に腰掛けた。
 足をゆらゆらと揺らしながら、眼下、エアポートで安らぐクルー達を眺める。
「……」
 カタリムは眩しそうに目を細めて、首にかけてあるマギウスのペンとポシェットにあるインクを手に取った。
「……」
 その視線の先にレイン達が居た。タケルとマーハ。カタリムはレインよりも先にマルスをマーハと認識した人間だ。当時唯一人アクスタインを探し、旅を続け、自分の名を告げる事の出来ない孤独。

(どんな気持ちだったんだろう)

 それでも、信じる事が出来た相手。

(羨ましいですね)

 戦闘時の神々しさに対し、話してみれば一介の少女と代わりの無いマーハ。その彼女が親しげに話す相手、タケルを見つめる瞳。
 そこまで描き終えた所で、カタリムは気付いてしまった。

(マーハ様も、普通の女の子と一緒なんだ…)

 それがまだ10歳のカタリムにとって、どれだけ年齢に似合わない言葉なのか本人は気付いていないだろう。それまでに、彼女もまた孤独なのだ。
「こんなところで何をしている」
「!」
 突如、背後からの怒声にカタリムは飛び上がるほどに驚いた。同時に、風に吹かれたスケッチブックが宙へ舞い、身を乗り出してそれを追うカタリムの体のバランスが崩れた。
「わっ!」
「バカ!」
 ふわりと彼女の体が浮いた。抱きかかえられたのだ。転落を覚悟して、硬く閉じた目を開くとそこにはガンナーチームのトップ・ジェナードの厳しい顔があった。
「そんな物の為に死ぬ気か!」
 そんな物…と言われ、助けられた恩を忘れカタリムは腹を立て、スケッチブックを抱きしめた。
「おじさんには関係ないです。これはわたしの宝物なんだから!」
「命より大切な宝か?」
「命と同等の宝です!おじさんにはないの、大切なものは?」
「宝か?」
 そう問われ、ジェナードは言葉に詰まり、過去を振り返る。海賊時代、シーザーと共に商船を襲っては財宝を略奪し、女と戯れ、酒に溺れた、青かったあの時代。
「そんなもの、金銀だの宝石だの、奪えば手に入るものだ」

「そんなの、宝物じゃない!」

「!」
 カタリムは小さい体で命一杯反論した。
「……」
「……」
 しばらくの沈黙の後に、カタリムは助けられた自分の状況を思い出した。
「あ、すみません。とにかく、助けていただいて有難うございました」
「いや…」
 それだけ言い残すと、カタリムはその場を逃げる様に去った。彼女の言う宝と、ジェナードの考えていた宝とあまりに違う。自分には果たして彼女の言う『宝物』があるのか。

(とんだ、ませガキだ)

 思い起こし苦笑する。

(これは…)

 ふと、足元に目を下ろすとそこには一枚のスケッチがあった。
 それは、タケルとマーハの肖像。素人であるジェナードが見ても分かる、カタリムが捉えた想い合う一瞬の表情、彼女の憧憬。