其の6 合せ鏡
シーンA



 眼前に広がるのは満天の星空。
(夢…だったんだ)
 まだ、夜も更ける闇の砂漠でマーハはゆっくりと身体を起こし、震わす。夜の砂漠は心なしか肌寒い。しかし、その震えは内から来るもので外気によるものではない。

 毎夜、見る夢は同じ。暗闇の中、唯走り、最後に絶壁に立ち尽くす自分。あるいは血に染まる桜舞うあの日の惨劇。どちらにしても悪夢である事には間違いなかった。

 すぐ隣で、新たに仲間となったグリンがいびきを掻いて気持ちよさそうに寝ている。それを羨ましく思いながら、傍らにある彼の懐中時計を覗き込んだ。
 午前3時。
(見張りの交代時間…過ぎてるじゃないか)
 周囲を見回すと、もう一人の仲間の姿が無かった。
(タケル?)
 マーハは星のロッドを手に取る。
 魔将の襲撃であらば、自分達を起こすはず。タケルの身に何かあったのか。ロッドを握り締め、気配を窺うと砂の鳴る音が聞こえた。

 ザッ…ザッ…

 深遠な闇の砂漠に響く。その音の主を確信し、マーハは静かに立ち上がる。


 星明りが照らし出したのは、無心で剣を振るうタケルだった。
剣の形なのだろうか、息も乱さず、体も崩さず、その姿は舞の様であり、針先に重心を置くような危うさも持ち合わせていた。
(すごい…)
 マーハはしばし魅入っていた。タケルは最後の一振りが終わると、深呼吸の後に剣を鞘に収めた。
「あの…、タケル?」
「……」
 彼は俯いたまま顔を上げない。
「見張りの交代の時間なんだけど。起こしてくれれば良かったのに」
「……」
 口を開こうともしない。心苦しい雰囲気の中、マーハはその言葉を切り出した。
「稽古をつけて欲しいんだ。わたしも戦う技を身につけたいから」
「本気か?」
「もちろん、本気だ」
「なら、どこからでもかかってこい…」
タケルがゆっくりと顔をこちらに向けた。生気のない、その瞳がマーハを見据える。
「!」
その瞳に覚えがあった。あの村に訪れた時の、かつての自分。
 2人の間に鏡が起つかの如く。
 鏡の向こうの彼が唇を歪めて微笑んだ。
「来ないのならこっちから行くぞ」
「!」
 突然、タケルは剣を抜いてマーハに襲い掛かり、彼女は慌ててロッドを構えた。

キン!

 刃と刃がなる金属音。
「うう…」
「……」
(力が…)
「!」
 タケルは右腕一つで剣を握るのに対して、マーハは両手で握る。それでも受け返すだけで精一杯だった。

キン!

 一度、間合いを取りマーハは体勢を立直す。
(力の差がありすぎる!)
 普段は両腕で太刀を振るう彼が、右手で軽々と扱うのに対し自分は細身のロッドを両手で弱弱しく構える。まして、これまで戦ってきた記憶のないマーハ。
「お前には片手で十分だ…」
タケルは余裕の笑みを浮かべる。
(…いきなり実戦なんて無茶だ…)

「!」

 再びタケルはマーハに斬りかかった。その振舞いは先程見たものとは違う、息を乱し不器用で乱暴で、それでも危うさを残し。
(タケル!)
 痛々しさすら感じる。
 その変貌に気付いたマーハは、ロッドを握る力が緩んだ。
「あっ!」
 タケルの剣を受けていたロッドが、力に負けて弾け飛び、マーハは足を滑らせ砂の上に転げた。マーハを押し倒したタケルは、彼女の頭上で、大きく太刀を振りかぶる。両腕で。その形相に、マーハは死を予感した。
(殺される!)
 マーハは固く目を瞑った。