結婚というものについて、ヨシュアはあまり良い印象を持たない。国の安泰を護る為に、我が身を魔王に捧げ望まぬ結婚をした母を彷彿させる。そして自分はその娘なのだ。
(結婚とは愛し合う2人が、その絆を深めるもの…)
そう、覚えていた。すると、アクスタインの横顔が脳裏を過ぎる。自分を救ってくれた恩人であり、ほのかな想いを寄せていた男性。普段彼が、老人・マホメトの姿を取ろうとも自分の想いは、弟子が師に向ける尊敬の念とは違い、恋に似た感情だという事を自覚するのに時間はかからなかった。そして、しばらくして彼が許されぬ結婚をし、未だにその女性を愛している事に気付いた。
(結婚はその身を不幸にする)
母も師も…。
ヨシュアは封印石を外した。竜の角と鰭が顕となり、炎の様な赤い髪がターバンから毀れる。
(凡そ、花嫁には似つかわしくはない…私は)
鏡の前で己の姿を自覚する。白いウエディングドレスは、穢れ無き花嫁を意味する。対して忌まわしい竜の血が流れる、穢れた自分。ヨシュアは再び封印石を止め具に、白いヴェールで角と鰭を覆った。ドレスのサイズは丁度良い。
と、その時慌しく扉を開けシュスフィーナが入ってきた。
「勝手に部屋に入るなと言ったでしょう」
その姿を見られてはいまいか、ヨシュアはシュスフィーナを責めた。
「ご、ごめんなさい」
「あなたの作戦とやらに付き合っているのですから、もう少し気遣って欲しいものです」
「だって、ヨシュアさんのお手伝いしたかったんだもの」
「……」
少し甘えるように上目遣いでこちらを見ている彼女。実は残された唯一の肉親関係、従姉妹の関係に当たる事をシュスフィーナは知らない。
「ほら、お化粧だってしてないじゃない!」
「結構です!」
「似合うと思うのよ、ヨシュアさん。本当は美人なんだから」
「それは女性に対して言う誉め言葉でしょう?」
「そうね、でもなんとなく違和感ないんだもの」
「!」
ヨシュアはその言葉に驚いた。
(私が女だと気付いている?)
「冗談よ。でもね、綺麗だっていうのは本当。羨ましいな〜、ウエディングドレス…」
そう呟いて、シュスフィーナはヨシュアの唇に紅を差した。
「わたしもいつか着たいな〜」
「お相手はタケルですか?」
「フフッ、でも…タケルッたらいつもはぐらかすんだもの」
「彼は止めたほうがいい。彼には…」
「分かってるわ!」
ヨシュアが言いかけたところで、シュスフィーナは遮った。
「分かってるのよ。そんな親が娘に言うような忠告、真っ平ゴメンだわ。今はもう居ない、あの人には負けられない。好きなんだもの、好きで好きで仕方ないの。どうしようもないの、この気持ち…押さえきれない」
「娘に対する忠告ですか…」
ヨシュアは自嘲気味に笑った。親とは違うが身内に当たる。確かに心のどこかで、シュスフィーナの行く末を案じる自分があった。この恋が実る可能性は低い。彼の心に…マーハがある限り。
「それでも、私は…あなたの想いの成就を願っています」
「え?」
「あなたは私と違う。穢れを知らない。だから、私にないものを手にすることが出来る」
「応援してくれるの?」
「……」
ヨシュアは黙って微笑んだ。慈愛に満ちた聖母の様な笑み。
「ヨシュア…」
と、脇から聞き覚えのある声が響く。二人きりだと思っていた彼女達は、ビクリとして扉へと振り向いた。
「ガ、ガルシアン!」
入口に1人立っているガルシアンは、花婿の白いタキシードを着ている。その姿と普段の姿とのギャップに、シュスフィーナは思わず吹き出した。
「ガルシアンさん、よく似合っているわ…」
クスクス笑っている。
「だ、だから俺には無理だと言ったんだ!」
普段自分と同様に冷静沈着な彼だけに、その慌て振りにヨシュアもつられて失笑した。
「……」
ガルシアンはしまいに黒褐色の肌を真っ赤にしてそっぽを向いた。その仕草もまた微笑ましい。
「大丈夫、たかが演技なんだから。花婿になりきってしまえばいいのよ」
「なりきれば、いいのだな…なりきれば…」
物々と自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻そうとするガルシアン。
「とにかく、準備が出来たのなら例の岩礁へ行きましょう。さあ作戦スタート…挙式よ!」
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