其の8 各々の休息
シーンA
 『星降る刻 虹は起つ』

 レインを導いた導きの星・ルラ。そのルラによって、別れるレイン。
 
 発端は、張り詰めていた糸がついに切れたかの様に、レインの一人がルラに対して口にしてしまった言葉から始まる。

 「お前が欲しい」

 それは禁じられていた想い。絶対無二のルラは…すなわちマーハは誰のものであってはならない。6人のレインを繋ぐ要である。その絆が、内3人にとって異性に対するある感情へと育まれ、レインの心を交錯する。
 

 「ソイツが誰を好きになるかは、ソイツの自由。誰かに『好き』って気持ちをやるだけでも、その誰かは幸せなんやな」

 船から出たオレンジストーンのレイン・ミッフィーは、無意識に港を見回し『ソイツ』を探した。その姿はない。自分よりも随分前に出て行った彼だ。もう、この港には居ない事は分かりきっていたのに。
 別れる前に、マーハに強がりを言った。自分について来るなと。
 けれど。本当は母の様に慕う彼女に、醜い言葉を口にしそうな自分が嫌だったのだ。

 「ウチはマーハが羨ましいんや…」

 今回の発端のきっかけとなった『ソイツ』が想いを寄せるマーハが羨ましい。別に『ソイツ』が誰を好きになろうと自分にとっては関係ない事だった。つい、この間まではそうだった。
 (ウチはマーハになりたいん?)
 『ソイツ』にあれだけ強く想われたら…。ひっそりと自分に置き換えてみると、いかに幸せかと思う。だから、自分も『ソイツ』を想えば…。
 (グリンも幸せになるんやろか?)
 好きという気持ちをもらえば、悪い気はしないんじゃないか。少なくとも自分を想ってくれる誰かが居るという事だから。一人ではないと言う事だから。
 ならば、彼を想いたい。
 (ウチは一人ぼっちやけどな)
 人気の少ない倉庫裏の路地に入り、一人で居るのに慣れないミッフィーは、小さく体を震わせ、苦笑した時…
 
 「すぐにみんなに会えるよ。すぐにね」
 
 クスクスと笑う子供の声に、ミッフィーは振り返った。
 それから後の事を、彼女は覚えていない。
 

 レッドストーンのレイン・ヨシュアの後ろを、一定の間隔を置いてパープルストーンのレイン・ガルシアンは追う。ヨシュアの歩調に合わせ、2人は無言、街の出口へとたどり着き、歩みを止めたヨシュアは振り返らずに、重い口を開いた。
 「なぜ、ついて来たのですか?」
 「1人でサンタマリアに往くつもりか?」
 尽かさず、ガルシアンはヨシュアに問う。
 「質問しているのは私の方です。あなたはマーハの傍に居るべきだ。既にオウルを手にしているのだから。彼女に惹かれるのならば尚更です」
 「何か、勘違いをしていないか」
 自分がマーハに惹かれていると…?
 初めて、自分を向いてくれたヨシュアに対してガルシアンは少々驚いたように言った。
 「確かに兄者…ダルスはマーハを愛した。しかし、人を愛する事が危うい俺だ。兄者と同じ感情を持ち合わせていないと思う」
 
 「テメエだって分からねえ」
 
 別れる前に、グリンの言っていた事を本気にしているのだろうか。普段冷静沈着なヨシュアは、その唯一の肉親と慕っていたシュスフィーナを亡くしてからというもの情緒不安定になっている。おそらく自覚はないだろうが、ガルシアンは気付いている。最も近しき者である、彼だから。
 今この状態で単独、八魔王の1人・ドレイクの住まう本拠地、そしてレッドストーンのオウルがあるサンタマリアに行くのは危険だ。2人でも同じ事だろう。ならば、せめて時間を稼がなくては。レインの絆を取り戻すまでの時間を。
 「お前を1人にする事は出来ない」
 「……」
 ヨシュアはガルシアンの刺すような視線に、思わず目を逸らした。心の奥底を見透かすような瞳に耐えかねて。
 母に続き、従姉妹まで失った。憎かった。シュスフィーナの命を奪った敵が。情けなかった。守る事が出来なかった自分の不甲斐無さが。行き場のない怒りを、自分は他のレインに吐いて来たのだ。それでもその1人、ガルシアンはここに居る。
 
 「ええな、1人やないんやから…」
 
 聞き覚えのある声が頭上から響いた。門の上では、ミッフィーが2人を見下ろしている。恍惚の表情、そして第三の瞳のすぐ下に輝く黒い宝石。
 何やら様子がおかしい。
 「ヨシュア!」
 「!」
 ガルシアンはヨシュアを庇い立つが、ミッフィーの召喚した水の精霊が視界を覆った。身の毛もよだつ冷気が身体を襲う。
 それから後の事を、2人は覚えていない。
 

 「しばらく、休息が必要なんだと思います…僕達には、考える時間が必要なんだと…」

 そう、マーハに言った。自分にも言い聞かせた。
 ダマスクスの裏通りを、イエローストーンのレイン・オーフェは只1人で歩く。こうして1人で歩くのは久しぶりだ。氷結されていた時間を含めておよそ8年間になる。懸命に戦ってきた。魔王・デビルダスとそして魔界神・ヴァティスと。その間に色々な事があった。只の神官だと思っていた自分が、実は天界の大神・オウシェンの生まれ変わりオウフェンであり、一部の記憶を共有している。

 だが、それよりも今の自分を大切にしたい。人として、レインとして生きて来た自分の心を占める存在を想った。
 ルラであるマーハは、ラシューヌ神イリスの娘だ。1000年前、常に自分と共に在ったイリスは、地上の男を愛した。傍らに居た自分ではなく。禁忌を犯した彼女は、マーハを産んだ後にこの世から姿を消した。神と人は結ばれてはならない。神と神とでならば、許される。オーフェには他の誰にもない権利があった。それは、オーフェにも解っているのだ。
 しかし、彼には救う事が出来なかった。死の淵に居たマーハを。閉ざした彼女の心に入る事が出来たのは、タケルとグリンだった。自分ではなかった。
 
 「貴様は手に入れることは出来なかった」
 
 嘗て天人であった、魔王・ルシファーの一言が胸を痛める。1000年前にも大切にしてきたイリスを、地上の男に奪われた様に、今もまたマーハを他の男に奪われるのか。そんな浅ましい自分の考えに、嫌気を覚える。
 

 地上に空間が割れたような、巨大な黒い八星の魔方陣。巨大な闇の姿があり、その闇を囲い、描かれる六星の魔方陣。しかし、その虹色の輝きが失せる。
 「アクスタイン!あなたの為に、ヴァティスを封印出来なかった!!」
 「……」
 「やめて、やめて…オウシェン!」
 眼前の青い鎧の青年を、イリスは庇う。瞳に涙を浮かべて。彼を責めているのは、過去の自分。
 

 …また、記憶の残像がオーフェを襲った。
 「違う、僕もまた罪を犯した。貴女の…貴女の心を繋ぎ止めて置く事が出来なかったんです!」
 
 「そうです、あなたの為にシュスフィーナは死んだ!」
 
 その声と共に炎が周囲を包む。
 「『プロテクティブ・サークル』!」
 オーフェは防御魔法を唱え、ヨシュアが姿を現した。諌めて魔法を詠唱する事はあったが、それにしても加減を知らない。

 「シュスフィーナの想いがタケルに通じていれば、彼女は軽率に自分の命を捨てる事はなかった。あなたとマーハが結ばれていれば、イリスが結ばれていれば…アクスタインも苦しむ事はなかった!」


 「ヨシュアさん?」
 普段秘めた感情を表に出さないヨシュアが自分をここまで詰るのに、オーフェは違和感を覚えた。変だ…。
 一陣の風が吹いて、ヨシュアの前髪が翻った。虚ろな青い右眼に映る聖女の印と、額には魔晶石。
 記憶の糸を手繰り寄せたオーフェはその意味に気付いた。
 「『囚獄陣』…あなた程の人が、魔将に操られるなんて!」
 「!」
 一瞬、ヨシュアの瞳が以前の輝きを取り戻した。
 「…に…逃げて下さい!」
 オーフェは一歩歩みだそうとすると、両足に蔦が絡み付いている。ミッフィーの呼んだ緑の精霊。
 「まさか、ミッフィーさんまで…」
 背後から路面に大小2つの影が差したのと同時に、オーフェは頭に鈍い痛みを感じた。
 それから後の事を、彼は覚えていない。