其の8 各々の休息
シーンB
 グリーンストーンのレイン・グリンは、生まれ故郷のテーベへ足を踏み入れた。自分がこの街を発った頃から海路は閉ざされ、魔王の影響を受けていたが今は当時よりも更に人通りが少ない。空き家になった家々を横目に、彼は我が家である盗賊ギルド、『緑の森(グリーン・ウッド)』の本拠へと向かった。

 今回レインの別れた発端の事件は、グリンの一言にある。
 パウルでラシューヌ神の力を得たマーハを見てから、自分の中で何かが狂った。あれ以来時折白昼夢がグリンを襲う。それは決まって…

 「手ニ入レテ欲シイ…アナタニ…」

 まただ。目の前に居るのはマーハ。自分を見つめるその瞳に吸い込まれそうになる。彼女は、グリンに近づき頬に手を添える。
 「愛シテル」
 「嘘だ!」
 グリンは逃れようとすると、実感のない幻は消える。
 「クソッ…クソッ!」
 (オレはいよいよおかしくなっちまったのかよ!)
 「グリン?」
 戸を開けて、頭を抱えて通りに座り込むグリンに声をかけたのは、グリーン・ウッドの仲間・リップだった。
 
 
 
 「ちょうどよかった。もう少しですれ違いになるところだったわ」
 「すれ違い?」
 「今日、お兄ちゃんと一緒にね、北に移る予定なの」
 リップはテキパキと、周辺の片づけをしていた。とは言え、既に殆ど終えているらしく、荷物は箱に仕舞われて、部屋の中は閑散としている。
 「ご飯、まだでしょ。食べてく?」
 「グリン兄ちゃんは、どうしたの?」
 夕食を待ち、いすでフラフラと足を揺らしたダイスがグリンに尋ねた。10にも満たない子供であるが彼もまた、仲間の一人だ。
 「他のレインのみんなはどうしちゃったの?」
 「別れたんだ」
 「!」
 リップはその言葉を聞いて、手を止めた。ダイスもまた、幼いなりにも事の重大さに気付いたようだ。
 「別れた…って。一体何があったのよ」
 「関係ねえだろ」
 「だって、ヴァティスを倒すにはレインが力をあわせて…」

 「関係ねえって言ってるだろ!」

 食卓は静まり返った。
 「…情けねえぜ、グリン。女子供に大声上げやがって!」
 部屋に入ってきたその声の主は、リップの兄・ジュウジュだ。どうやら、リップとダイスを迎えに来たらしい。
 「お兄ちゃん…」
 「お前らしくないぜ、グリン。いつもあんな余裕に笑ってたじゃんか」
 物心つく前から、自分と共に育ってきたジュウジュだ。グリンは自分の失態を付かれそうで、唇をかみ締めた。

 今回の件は、自分に非がある。それは分かっている。だが、誰からも指摘されたくはない。それは、グリンのプライドが許さなかった。
 時期は悪かったかもしれないが、いつかはこうなる事は予想できた。切欠を作ってしまったのがたまたま自分だったからだ。それが、悔しい。あの白昼夢が、自分の冷静さを欠いたのかもしれない。

 「邪魔したな…」
 グリンは心苦しくなり、その席を立った。
 「ちょっと、グリン。もう夜遅いし泊まっていけば…」
 追いかけようとするリップの肩を、ジュウジュは押し止める。戸が空しく音を立てて閉じた。
 「わたし達だけじゃない。レインもバラバラになっちゃったわ…」
 「……」
 ジュウジュは何も言わない。リップは一向に纏まりのないレオハルトのクルーと現在のレインの姿を重ね、大きく溜息をついた。