其の9 浪漫飛行
シーンA
 『バルバロス空襲・レイン拘束』

 盗賊ギルド『緑の森(グリーンウッド)』からの報告を受け、飛空艇・レオハルトは最終兵器(ラグナロク)調整後の快復を待たずして、魔界軍旗艦・バルバロスを追い離陸した。
 レオハルトは完成してから日は浅い。実の所、部屋割りさえも決まっておらず、数だけは多い部屋と、50人に及ぶクルーの割り当てに副船長・サンドラは頭を痛めた。

「なんだか、着の身着のまま夜逃げをしてきた大家族って気分だねぇ」

 設計に重点を置かれたレオハルトは、居住に関しては不都合な点が多い。大小多彩な部屋と、所属部署への距離、男女部屋の問題、緊急時のセパレートウォール、ローイングモード時のブリッジ傾斜・・・挙げ出したらきりが無い。
 紫の巻き毛を掻き上げ溜め息をついた後に、およその配置を決めたサンドラはふと空いている第3フロア最後方の小さな部屋に目を遣った。

「倉庫にでも…しようかしら」

 レオハルトの本来の目的である『レインの後方援護』に向かう。ジュウジュは感慨深気に、デッキで只1人、イーグル1を見上げた。

 ここまで来るのに永い年月が掛かった。『グリーンウッド』の長・グリークの下で、彼はレオハルトの発案から関わっている。そして、小型戦闘機・イーグルシリーズのテストパイロットであり、トップとしてチームを指揮し、グリーク亡き後はグリーンウッドを率いた立場にある。
 ついに本戦に中る事と、あのバルバロスと対峙する事にジュウジュは武者震いを覚えた。

「お、何だ。怖いのか?」
「!」

 デッキに入ってきたその声の主は、シーザーだ。彼はグリークにこのレオハルトの船長を任命された男である。実際、元海賊船長である彼は、飛空艇船長という任務においても統率力に長けていた。

「バ〜カ、誰が!」
 ジュウジュはニヤリと笑う。当初、衝突の多かった彼等だが、現在はお互いに一目を置いた仲だ。
「なぁ、シーザー。急がなくていいのか。グリンやレインは、ヴァティスに捕まっちまったんだぞ?」
「先の『ラグナロク』のテストで疲弊しきった所に、フルスピードで追いかけてみろ。…着いてる頃にはみんなバテて戦闘どころじゃないぞ?」

 レオハルトの動力はシステムH。クルーの願い…すなわち精神力である。

「確かにな」
「ソナーはしている。だからまあ、気楽に構えてだ…」
 そう言って、シーザーはジュウジュの肩に腕をかけて耳打ちをした。
「いい話があるんだが…」
「いい話?」

 その話の内容に、ジュウジュは一瞬言葉を失った。やはり、シーザーという男。この極限状態においても只者ではない。

「〜♪」

 目的地・ティーレ上空まではおよそ24時間要するらしい。イーグルチームの1人、そしてジュウジュの幼馴染でもあるペンソは鼻歌を歌いながら、足取り軽やかに食堂へと向かっていた。
「お前、よくそんな余裕あるよな〜」
 一方、不安一杯の青い顔をしているのはイーグルチーム最後の1人、シルクレストである。
「明日にゃ死ぬかもしんねえんだぞ?」
「今更ジタバタしたって始まらないだろ。それよりもさ、リップがショコラクッキー焼いてくれるんだ。景気付けだってさ!」
 リップとは先程のジュウジュの妹に当たる。幼い頃からグリーンウッドで寝食を共にして来た2人が恋仲になったのはつい最近の事だった。その事実を、兄のジュウジュは知らない。

「甘党なのな…普通そういう時は酒だろ?」
「飲酒運転は出来ないじゃん」
「その『運転』には、慣れたのかよ?」
「……」

 ペンソの足取りは止まった。実は、チーム中でペンソが最もイーグルの操縦が危うい。テストパイロットであるジュウジュと、物事をそつなくこなすシルクレストに対して、ペンソはほんの少しばかり要領が悪いのだ。と言うよりも、他の2人が器用過ぎたのかもしれない。そして更に決定的な点がもう一つ。彼は高所恐怖症だった。それでも、何とか克服し現在に至っている。

「痛いところつくな〜、シルクレスト…」
 トホホ…と笑いガックリと項垂れるペンソ。見るも無残。そんな2人に突進してきたのは、トップのジュウジュだった。
「うわあ!」
「どわッ!」
「な〜に、沈んでんだヤロウども〜!」
 ジュウジュは驚いた顔をした2人の間に入り、その肩をポンポンと叩く。

「オマエら、一緒に『男のロマン』を求めねえか?」

「はぁ?…何言ってんだ、いきなり…」
 呆れているシルクレストを尻目に、ジュウジュは半ば首を絞めるようにしてペンソを羽交い絞めた。
「ジュ、ジュウジュ…く、苦しい…」
「ペンソ〜、そろそろテメエにも教えてやろう。ロマンってのはな〜、意外と近くにあるもんだ」
 シルクレストはこめかみを押さえる。
「訳分かんねえ…」
「ようは景気付けだ〜、ケ・イ・キ・ヅ・ケ!」
「…ペンソの顔色変わってきてるぞ〜」

「し…死ぬ…バルバロスと戦う前に…死ぬぅ…」

「後悔はさせないぜ、大船に乗ったつもりで、2人共オレについて来〜い!」
 ついて来いと言いながらも、ジュウジュはペンソを羽交い絞めにしながらズルズルと引き摺っている。

「ちょ、ちょっ…ショコラクッキー…!!」
 やれやれ、とシルクレストはその2人の後を追い。
「ご愁傷様だな、ペンソ…」
 心中で軽く合掌した。