其の9 浪漫飛行
シーンB
 ジュウジュが案内したのは第4フロアだった。『air conditioning room』と札に書かれたその部屋は空調室だ。第1、2フロアは、それぞれメインエンジンルーム、ヘルツと呼ばれ、メインエンジンルーム、ヘルツが熱を持つのは必然であり、ここ空調室でその熱を逃がしコントロールしている。それ故。

「あっち〜!」
「つ〜、なんて暑さだよ!」

 薄暗くサウナの様な、その部屋に入ったペンソとシルクレストは堪らず悲鳴を上げた。
「お〜、来たなお前ら。こっちだ、こっちだ!」
 空調室のある一点で、床にどっかりと座っているのは船長・シーザーだ。幾分待っていたらしく、じんわりと額には汗をかいており、上着を腰に巻きつけ、ランニングシャツ、首には手拭といった船長らしくない出で立ちだ。はっきり言って作業員に相応しい。

 憧れの副船長・サンドラと常に傍らに居るシーザーを、快く思わないシルクレストは彼の顔を見るや否や直ちに反発した。
「よくこんな所に居られるな、俺は抜けさせてもらうぜ!」
「まあ、待てシルクレスト。熱〜い『ロマン』を感じたくねえか?」
 シーザーはウインクをする。彼はシルクレストが自分を嫌っている事など、気にも留めていない。

「この暑さだけで十分だ!」

「そう言ってられるのも今のうちだぞ…」
 シーザーは手拭で、熱くなった床板の金具を握り静かに持ち上げた。そこには通気口の鉄格子、そしてその下には。

「!」

<な、これこそ男のロマンだ!!>
 バスタオルを体に巻いた、オペレーターのクルエとサルサの姿。
<これって、女風呂の脱衣所じゃんか!>
<ちょっと待てい、シルクレスト押すな!>
 こういった分野に関する事に只1人真面目なペンソは、鉄格子に張り付く男3人の有様を呆然と眺めていた。



 つまり、こういう事だ。メインエンジンルーム、ヘルツが蓄えた熱を有効活用するために、レオハルトはその直上の第3フロアに女性クルー代表・サンドラたっての希望、『風呂場』を設けた。シャワールームではなく、大規模な空調が必要となる部屋を。そして、レオハルトの構造を知るシーザーは…。
<そこまでするか〜、この船長!>
 船長・シーザーの、方向を間違えた努力に感服。ペンソは乾いた笑いを漏らした。



「あらあら、もうお上がりですか?」
「どうでした、湯加減は?」
 脱衣所に入って来たのは、天人の女性・フレディンと幼い少女・カタリム。洗面用具を片手に、どうやらこれから風呂に入るようだ。
「だめだめ、のぼせちゃった。ちょっち熱いわ!」
 湯上りのクルエの肌はピンク色に染まっている。
「私も。他の御二方はちょうど良いとおっしゃっていましたが」
 これでも熱い風呂は好きな方なのに、と猿の尻尾をゆらゆらと揺らしながら獣人のサルサは微笑んだ。
「そうですか〜、長湯出来ないな〜」

「カタリムさんはまだお若いですから。熱い湯は年寄りが好きと、相場は決まっているそうですよ」

 ニッコリと悪気もなく目を細めるフレディン。クルエの温まった体が一瞬にして冷えた。
「…フレディン。あんた凄い事言っちゃうのね…」
「ですから、私は熱いお風呂が好きですよ」
「そういう意味じゃなくて…」



<何だか想像していたのと違うな…>
 シーザーはその会話に思わず嘆息した。それにジュウジュは反応する。
<想像?>
<女湯ってのは、やれ「スタイルいいわね〜、羨ましい!」だの、「その下着可愛い〜」だの言い合うもんじゃないのか?>
(この親父…)
 イーグルチームの3人は、そこに世代の差を感じたらしい。第一、酒と女に豪遊していた元海賊船長とは考えられない台詞である。



ガラガラガラ…

「はぁ、いいお湯だった…」
 ガラス戸が開き、脱衣所に流れる蒸気と共に現れたのはサンドラだ。

<女王降臨…>
 薄いタオル一枚のサンドラのナイスプロポーションに、イーグルチームの3人は思わず生唾を飲む。
<意外に着痩せするだろう?>
 シーザーは満足気にどうだ、どうだと笑う。何故知っているのかという疑問を忘れ、3人は魅入っていた。

「彼女の勝ちねぇ。頭が痛くなってきたわ…」
「宜しかったら、サンドラ様…どうぞ」
 サルサはどこからかビールの入ったグラスを差し出すと、サンドラはそれをくいッと一気に喉に流し込む。

「ふぅ、やっぱり風呂上りのお酒は格別!」

 その豪快な彼女の様子を見て、相変わらずだなとシーザーは苦笑する。ちょうどその時だ。脱衣所に再び湯煙が立ち昇り、熱風呂我慢大会優勝者である彼女の声が響いた。

「あ〜ショコラケーキ…そう言えばペンソと約束してたんだっけ!」
<!>
<!>
 声の主はリップだ。

「見るな〜!」
「だ、だめ…!」
 自分の妹を見られまいとジュウジュはシーザーの目を覆い、自分の恋人を見られまいとペンソはシルクレストの目を覆った。
「お、おい馬鹿…」
「よ、よせって…」
 シーザーとシルクレストは軽く抵抗する。脱衣所に篭った蒸気は、通気孔の鉄格子からここ空調室に漏れ、その湯気の中から羽音を立て現れたのは妖精のフォウリーだった。

「あっれ〜、みんなこんな所で何してるの?」

「イッ!」
「うわッ!」
 4人は大きく体を崩し、そして…。

ガッシャーン!
ドサドサドサドサッ!!

 脱衣所のど真ん中に落ちた。

「きゃああああッッッッ〜〜〜〜!!!!」

 シーザーとシルクレストを下敷きに、ジュウジュとペンソは頭を擦りながら顔を上げる。
「お、お兄ちゃん、ペンソ!」
 突然降って来た侵入者に、リップを始めとする女性陣は悲鳴を上げた。
「ちちち、…違うんだ。リップ…俺は…ジュウジュに無理矢理…」
「お、オレはシーザーに誘われてだな…」
「それで、4人とも何見てたの〜?」
 フォローになっていないフォウリーの言葉に、女性陣は慌ててバスタオルで体を覆い、奥へと避難する。只1人、サンドラを除いては。





「あの〜お怪我はありませんか?」
「フレディンさん。こんな方々を心配する必要はありません」
 遠く棚の影から覗く女性陣。相変わらず少しずれたフレディンに、尽かさずカタリムは突っ込む。
「サイテ〜!」
「はい、最悪です」
 冷ややかな視線を送るクルエと、微笑みながらも口は笑っていないサルサ。

「もう、最低よ、最悪よ!…信じられない!!もう、ショコラケーキあげない!!!!」

 リップもかなり怒っている。
「そんな〜」
 ペンソは、それは悲しそうに情けない声を上げた。一連の怒声罵声を浴びた後に、やや遅れて気付いたシーザーとシルクレストが体を起こした。
「おおぅ、サンドラ」
「いいッ、サンドラ…」
「いいお目覚めね〜、お二人さん」
 それまで黙っていたサンドラがようやく口を開く。タオル一枚のサンドラは、その姿を恥らう事もなく固まる男性陣4人の前にしゃがみ込んだ。

「戦い前に、余程体を持て余しているようだわねぇ。ちょうどよかった。あの部屋の使い道が決まったわ」