其の10 約束の薬
シーンA
「あれ…宿がなくなってしまいました?」

 それを俗に『道に迷った』という。



 イエローストーンのレイン・オーフェは、途方に暮れ周囲を見渡した。ここ、ブリストルの街に一行が入り3日が経とうとしている。残るレッド、インディゴ、パープルストーン…3人のレインの情報が掴めずに時間ばかりが経過し、一行の財布を握る彼は、底が見え始めた所で再び金を稼ぐ方法を考えていた。そうして色々と考えている内に目的地を見失ってしまったのだ。



「『接客業』とやらはタケルさんに反対されてしまいましたし、そうなると神官の生業でどうにかしましょう。すると…結婚式とか御葬式とか催して頂ければ早いんですが…」
 かなり不謹慎な事を言っているのに本人は気付いていない。
「とりあえずは一旦戻りましょう。…こちらが…東ですよね?」
 誰に訊いているのか分からないが、夕日を向いて納得している。
「日が沈むのは西ですよ」
 聞き覚えのない声があった。それにオーフェは振り返ると、身なりの良くいかにも魔術師といった出で立ちで、ダンゴ鼻が特徴の愛嬌ある男が立っていた。
「神聖魔法の使い手とお見受けしました。私、オルトロスという者です。仕事をお引き受けして頂けませんでしょうか?」


「なるほど、オーフェがこれを稼いできたわけだ」
 夕食の卓で、ブルーストーンのレイン・タケルはその皮袋の中身を覗いて感嘆を上げた。銀貨ではなくより価値の高い金貨がズッシリと入っている。
 それは恐らくタケルとグリンが街の外の魔将を倒して稼いで来た金額を遥かに凌ぐだろう。
「ところで、何の仕事を引き受けたんだ?」
 グリーンストーンのレイン・グリンは稼ぎのお蔭で、上等の骨付き肉を頬張りながら、尋ねた。その横でも、オレンジストーンのレイン・ミッフィーが夢中になって久しぶりのご馳走にあり付いている。
「薬の調合を約束したんです」
「薬?」
「はい。何でもこの薬は調合の過程で神聖魔法を必要とするので、神官である僕に是非と…」
「ヤバイ薬じゃないだろうな?」
 これ程の大金を払う薬だ。暗殺を目的とした物も考えられる、とグリンは盗賊らしい意見を述べた。
「いえ、毒薬の類は材料に含まれて居ませんよ。ビタミーナ、カフェイ、モルフィン…気分を高揚させる種類の薬だと思いますが」
「単純にお金持ちなんじゃないかな、そのオルトロスって人?」
 導きの星ルラ・マーハは興味深げにそのレシピに目を遣った。
「わたしも留守番ばかりして居られないから。おもしろそうだし、手伝おうか?」
 そのマーハの言葉に、オーフェは音を立てて椅子から起立し、彼女の手を握った。

「是非…是非お願いします!」

 マーハと2人で作業に当たれる事が余程嬉しいらしく、オーフェは彼女の手を握り締めたままブンブンと振っている。
(分かりやすい態度だな…)
 タケルはそんな2人の様子を横目に、小さく溜息をついた後。
「オルトロス…」
 呟くグリンに気付き、訝し気に尋ねた。
「どうしたんだ、グリン?」
「いんや、どっかで聞いた事ある名前だなって思ってよ。勘違いかな…」
「いずれにしよ、完成に神聖魔法が必要な薬なんだろ。だったら、悪用する人間が作れる代物じゃないんじゃないか?」
「ああ〜そっか。タケル、オマエ珍しく頭の回転がいいな?」
「『珍しく』は余計だ!」
 そうして、オーフェとマーハはその『約束の薬』の調合へと取り掛かった。
 以上が、今回の事件の発端である。