其の11 前夜
シーンA
 決戦の時は近い。



 悪夢を絶つ事の出来る神具を求め、一行はクテシフォンへと降り立った。しかし、神具の民の長・プラチナが、神具の引渡しを翌日とした為に、やむなくこの村に滞在している。
 伝説の英雄・レインの来訪に村の孤児達は皆嬉々として一行を迎え入れ、その晩ささやかな宴が催された。一区切り付いた後に、マーハとタケル、そしてシーザーとサンドラは村から少し離れた森の中、小さな池の畔に座り最終決戦への戦略を練っていた。戦略と呼べるような詳細な計画ではないかもしれない。前人未到ではないこの戦いは1000年前…すなわち「レジェンド」にも引き起こされたものとはいえ、あれを繰り返してはならないのだから。常人ではその結末の予想も出来まい。



 全界の民が望む結果は「勝利」ではなく「終焉」である。



 その戦略の中、レインの翼である「飛空艇・レオハルト」の船長、シーザーと副船長のサンドラはレイン達を魔界へ必ずや送り届けると約束した。
「悪夢を絶つ事の出来る神具。ヴァティスも神具を手に入れたとあらば、黙っちゃいないだろう?」
「そうね、こちらの動きも分かっているはずだわ。相手が出てくるのも時間の問題ね」
 魔界神・ヴァティスの目的は「人界への悪夢の解放」。ここライムランドから人界へ繋ぐゲートを開く事が出来るのは、ラシューヌ神であるマーハ、只一人しかいない。シーザーとサンドラは、対面に目を伏せて座る少女を見た。
「マーハを狙ってくる可能性が高いな」
 ブルーストーンのレイン・タケルが重い口を開き、同時にマーハの表情は一瞬強張る。
「マーハにはタケルがついてるだろう!」
「タケルにはマーハがいるじゃない?」
 その重い雰囲気を読み取ったのだろう。シーザーとサンドラの2人は口を合わせて彼らの名を呼んだ。彼らを古くから知る2人の発言は、故意でない。シーザーはタケルとマーハの肩を両手でポンポンと叩いている。
 タケルとマーハはしばしお互いの顔を見合わせ、その後笑い出した。
 自分達の仲を知るシーザーとサンドラの気遣いが嬉しかったのだ。

 神と人は愛し合ってはならない。結ばれてはならない。
 今にも溢れそうな悪夢。「レジェンド」と呼ばれる戦いにおいて、悪夢を収めた魔界という名の箱を開けてしまった。箱を開けた鍵とは「神と人の恋」。
 マーハとタケルもまた、神と人。そして惹かれ合っている。
 そう、「レジェンドは繰り返されてはならない」。

 2人の晴れやかな笑顔を、痛々しく思いながらシーザーとサンドラは問いかけた。
「お前達、それでいいんだな?」
「幸せなのね?」
 この2人ならば、自分達の同情を望まないだろう。これまでに何度も己の身を、投げ打って旅をしてきた2人だ。それは分かっている。だが、耐え切れずに口に出してしまった。
(俺らしくもない)
 シーザーは自嘲する。もう、7年も前だ。まだ恋という想いに熟す前の、2人に出会った。純粋無垢な若い絆に好感を覚え、2人の未来と幸せを願った。当時その1人が神である事は、誰もが知らなかったのだ。
 だが事実を知った現在、その想いが成就する事は未来永劫ありえない。ならば、今は…

「さあ、話はこの位にして。先に戻りましょう」
 シーザーより先にサンドラが腰を上げた。シーザーの袖を軽く引っ張る。サンドラも、同じ考えに至ったのだろう。
「サンドラ、今夜は寝かせねえぜ」
「もう、バカ言ってんじゃないの!」
 冗談を交えながら、魔界軍へのソナーは十分にしておく…という言葉を最後に、シーザーとサンドラは村へと消えていった。

 ならば、今は2人だけにしてやりたい。

 静寂に包まれた池の畔に取り残されたタケルとマーハは、地に座ったまま一瞬互いの瞳が合うものの、逸らした。何を話したらいいのか分からない。戦いの抱負でも語るか…それも今更…などと、2人は同じような事を思っていた所に小さな金色の光が目の前をゆっくりと通り過ぎた。
「蛍?」
 マーハはその淡い光を目で追い、人界で名づけられている虫の名前を口にする。それにタケルは答えた。
「ああ、あれは月光虫だ」
「『月光虫』?」
「冬のこの時期に、こういう池で孵化する虫だ。新月の晩に、雄が光る。弱い光だから出来るだけ暗い夜に、輝く」
「雌を呼んでいるのかな?」
「だろうな。つがいになって3日で死ぬ。そう、ヒミコに聞いたことがある」
「なんだか、儚いね…」
 マーハは空を見上げ、頭上には満月が白く見下ろしているのを確かめて小さく笑った。
「でも、変なの…今夜は月が出てるのに…」
「そうだな」
 タケルもまた同様に空を見上げた。
「明日にも…世界が滅びるかもしれない。もしかすると、こいつもそう感じているのかもしれないな」
「だから、今を懸命に生きてるのかもね」
「『今』か…」



 明日には結果が出る。神具を手に入れて、最終決戦に臨む。
 だから、今夜が…今が最後なのだ。
 マーハの導き出した結論、「戦いの終焉」に予想はつく。そして自分が問われても、同じ答を出すだろう。

 全界の交わりを絶つ。

 すなわち、元来違う世界に住んでいた2人は戦いが終われば、もう二度と逢えない。
 タケルは己と葛藤していた。このままでは、自分の気持ちを抑える事が出来ない、だからその前に、皆の元へ帰るべきだと彼は決心した。
「戻ろう」
「待っ…」
 彼が膝を立てた所で、マーハの細い腕が虚空を求めた。反射的にタケルはその手を掴む。
「あ…」
「お前…」
 掴んでようやく気付いた。彼女が小さく震えている事を。