| 其の13 贐 |
| シーンA |
内陸に位置するとはいえ南方アルティマ大陸のうだる暑さの季節。
すっかりここエルシュリク魔術師養成学校の医務室で暇な時間を過ごす事が日課となってしまったエイセルに、校医であるジークは尋ねた。
「エイセルは卒業したらどうするんだい?」
「卒業か…」
来月で年度末、そして彼はこの学校を卒業する。
この4年間、様々な事があった。世間を震撼させた「ブラッドストーンの惨劇」。もう、2年前の話になる。
「まだ考えてねえな。あんまり実感がわかないんだ。卒業って言われても、満足に魔法も扱えねえのに…」
「『アストラルフレア』をも習得したエゼクの英雄が何を言う?」
「よしてくれ」
すっかり嫌気もさしてしまったあだ名に、エイセルは苦笑する。彼は忌まわしいあの事件を解決した立役者だ。また、いがみ合っていたエゼクとエルシュリクの両校の生徒もそれどころではないと悟ったのだろう。衝突もなくなった。
だが、以前に増して重い雰囲気が漂う。自分達を脅かすのは、魔将や魔界神だけではない。その恐怖に人の心も狂い始めており、人すらも己に刃を向ける。そんな時勢なのだ。
「すると、レインが行方不明になって…5年か。どうするかな…俺は…」
エイセルは呟いた。人々の希望であるレインは居ない。
「やはり、まだ卒後の進路を決めていないのか?」
「俺は、レインが絶対的なもんだと思っちゃいない。現実、魔界神に…ヴァティスに負けた」
「そうだね」
「レニーに言ったんだ。『俺達自身の手で、俺達の明日を選んで、掴み取れ』って」
レニーとはエイセルの妹に当たる。2年前の事件の後に、彼が妹を励ました時の台詞だった。
「でも、俺には呪いがかけられてる。魔法の詠唱が思うように出来ない、俺はそんな魔術師だ。戦う術を十分に発揮できない。今は学校という居場所があるが、卒業したらどうする? 明日を掴み取る為に戦う事が、俺に出来るのか?」
「エイセル…」
自嘲するエイセルに、ジークは手元にある書類を彼に差し出した。ノートほどの大きさの封筒に、『マイスター入学願書』と書かれてある。
「これは?」
「マイスターに残らないか?」
「マイスターか…」
高度魔術研究生。通称『マイスター』。学年首席でも残れるか分からないという噂だ。現在の魔法学の体系は、レインとしても名の知れた不死なる賢者・マホメトが作り上げた。マイスターは魔法学の更なる発展を試みて、錬金術、付与術、召喚術、融合術などの研究に努める。しかし、そうは容易く新たな技法が生まれる事は少なく、実際は学校の講師となる場合が多い。
「君には付与術を専攻してもらいたいんだ。剣を使える魔術師は、めったに居ないからね」
「俺も時々、自分は傭兵学校に在籍してた方がよかったんじゃねえかと思うな」
「レニーの卒業まで、後2年あるだろう。ちょうどマイスターの在学期間と重なるし、いい条件だと思わないか?」
「…考えさせてくれ」
エイセルはその書類を受け取った。まだどうすればいいか分からないが、今は自分の親友である彼女に意見を求めたかったのだ。そうして、心当たりある場所へとすぐに足を運んだ。 |
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エイセルの探す友、アリスタは予想通り図書館の北隅の小さな机になにやら広げていた。書物にしては薄い。
「よう」
しかし、アリスタの返事はない。熱中しているのかと思ったが、それも違うようだ。つまらなそうに机にあるものを眺めている。
「ああ、エイセルか?」
「何の本を読んでるんだ?」
「つまらないものさ」
「つまらないもの?」
エイセルは机の上を覗き込むと、様々な男性の肖像画が大層な厚紙に挟まれ無造作に置かれていた。アリスタは小さく嘆息すると、それを重ねている。
「何だ、そりゃ?」
「見合い相手」
「本当か?」
「親が乗り気らしい。そもそもこの学校に入ったのも私の我侭だったからな。卒業したら家に戻ると約束していた。戻るとなったら、直ちにこれを送ってきた」
「お前実は、いいとこのお嬢様だったのか」
「そんなもの、どうだっていいだろう」
少し機嫌を損ねたようだ。急に立ち上がったアリスタに、一歩引いたエイセルはローブに潜ませておいた封筒を落としてしまった。あわてて、封筒を拾う。
「マイスターに残ろうかな」
アリスタは小さく笑った。
「え?」
「私もな、持ってるんだ」
アリスタが山と詰まれた肖像画の下から出したのは、エイセルと全く同じ封筒だった。
「アリスタ…」
「お前は、違うだろう。お前はこの学校に残る人間じゃない」
「どういう意味だ?」
「呪いを解く方法がないわけじゃないからさ」
「何だって!」
ベルナ最大の魔術師養成学校、神聖魔法科の神官長ですら匙を投げた魔法詠唱時に頭に激痛が走る呪い。心のどこかで諦め掛けていた解呪の方法が存在するのか。あまりに突然なアリスタの言葉に、エイセルの声は上擦る。
「レニーと調べていてある人物に行き当たった」
「誰だ、それは?」
「インディゴストーンのレイン、マホメト師だ」
「馬鹿な。レインは今、行方不明なんだぞ」
「死んだと決まったわけじゃないだろう?」
「第一、本当に師がこの呪いを解けるって保証があるのか?」
「さあな。ただ、彼は再臨の前に水晶に変えられたルラの呪いを解いた。その史実がある。魔術の父の名は伊達ではないわけだ」
「だからって、ルラでもないのにこの広い世界でレインが見つかるわけねえだろ」
「この学校に残ったところで、何も変わらない」
「……」
「私はな、お前がこのエルシュリクに来る前は学校一の才覚があると自負していた。けれど結局、お前に敵わなかった。お前には私に出来ない生き方をして欲しいんだ」
目を伏せたアリスタは寂しく笑った。元々表情の多くを顔に出さない少女だ。エルシュリクの天才児と謳われた彼女も、自分と同じ様に進路に迷っている。それを悟ったエイセルは、手の中にある封筒を握り締めた。
「アリスタ…。お前だって逃げてるだけだろ。逃げ場が学校か家かの違いだけだ」
「そうかもしれない。私はこの学校に入学する事に躍起になっていた。いざ、入学してみれば世界の広さを痛感した。私以上の人間なんてお前を始め五万と居るだろう。けれど、魔法を学ぶ事が、私の生きがいだった。この4年間、必死に励んだ。自分が満足できる技術は習得したつもりだ。その学校生活が終わろうとしている今、私はこれから先自分がやりたい事が思いつかないのさ」
そうして、アリスタは両腕に見合い画を抱えた。
「レニーには言わないでくれ。マホメト師の話は、2人で相談してお前に言うはずだった」
去ってゆく親友の背に、答えの見出せないエイセルは大きく溜め息をついた。
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寮の部屋に戻ると、レニーが待っていた。入ってきたエイセルの顔を見るなり、手にしていた紙を広げる。
「見て〜、お兄ちゃん。成績表!」
無邪気に喜ぶレニーに、エイセルはこれまでの重い空気が振り払われた気持ちになった。
「クラス、上がったんじゃないのか?」
「うん。頭のいい兄を持つと苦労するのよ。それとね、サンダースパーク覚えたの」
「何だって?」
思わずガクリと腰を落とす。
「また、攻撃魔法か?」
「ちょっと方向転換しようと思って」
「方向転換って…」
「学校って何なのかな」
「そんなの、簡単だ。学ぶ所だろ」
「うん。最初はね、『私がお兄ちゃんの呪いを解いてみせる』って勉強始めたんだけど。そうしたら、何年かかるか分からないし、この学校で勉強できるのもあと2年でしょ。お兄ちゃんは卒業しちゃう」
「すまないな、心配かけて」
「ううん。そうじゃないの。ただ魔法の勉強する所だけじゃないんだなと思った。考えてたの、」
「考えた?」
「うん。悩んでた、が正解かな。自分がどうしたらいいのか。お兄ちゃん、私に気を使ってない?」
「え」
自分を見つめる妹の眼差しがひどく大人びて見えた。自分の迷いを見抜かれているようで、エイセルは溜まらず視線を逸らす。
「私はね、いつまでもお兄ちゃんの妹じゃないから。お兄ちゃんに甘えない。自分で考えるよ。相談するのもいい事だけど、最後は自分で決めなくちゃいけない事だからね」
「レニー…」
「明日、アリスタと私から話があるの。時間いい?」
「ああ」
何の話かは予想がつく。しかし、彼女の一言で決心がついた。最後には自分が決断しなくてはならない。たった一人の妹も自分の背を押してくれているのだと思う。
そして、その決意が更なる事実で後押しされる事となった。翌朝ベルナにある噂が流れた。レインが復活したというのだ。 |
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