其の14 三種の貴石
シーンA
「ッな…ッ!」
 カランという金属特有の音を立てて、男の手から剣が弾け飛んだ。
 落ちていった剣を見送るわけではなく、弾き飛ばした人物を見る。弾き飛ばした人物は、構えたままの体勢を動かさなかった。
 そして、しばしの静寂。
 構えていた人物がゆっくりと手を下ろすと、声を上げた。
「俺があんな小せえガキに簡単に剣を飛ばされるだと!」
 賞金稼ぎとして、剣と数種の魔法で身を立ててきた。これまでにたった一度、運悪く上級魔将と剣を交え九死に一生を得た事がある。その時、片目の光を失い傷は今も頬に残る。それきりだった、敗北は…。再びそれを味わう事になるとは。

 ここはアルティマ大陸最南西の街・フェルラーラ。街の有力貴族・ボロニア=ガンパネラが定期的に主催する闘技大会である。決勝は、このようなあまりにあっけない結果であった。
 一方彼とは対照に、背の低い人物が声をした方に振り向く。
「あのさ、体躯で強さを判断するのは良くないって言われた事ない?」
 軽く飛び上がって体勢を整えると、額の汗を腕でサッと拭って、魔法の風圧で乱れた髪を直した。魔術師特有の黒いマントに鮮やかな紅の髪が揺れる。
「で、シャークさんだったけ、どうするの? 続ける? 続けない?」
 少年は悪戯っぽい笑みを浮かべて、手の平をクルッと回転させ小さな炎を呼び起こす。あまりにも無駄のない動きに、シャークと呼ばれた男は両手を上げた。
「続けないな。闘技場ごときで俺は屍になりたくはないさ」
 あっさりと負けを認めた事で、背の低い人物はなにそれ、とぼやいただけだった。
「俺、こういう時は殺す気なんて全くないから。こんな所でくたばったって、得なんて一つもないじゃん? 負けを認めるなら素直に『負けた』って、言えばいいだけだよ」
 とだけ言ってその人物は去ろうとした。
「おい待て、チビ」
「チビじゃないんだけど」
「そんなことはいい。お前は何の為にここへ来た? 単なる力だめしか?」
「違うよ、俺は生活資金に困ったから勝って儲けたいだけ」
 そう告げて今度は歩き出してしまった人物を見て、シャークは立ち上がり再び声をかけた。
「おい、チビ」
「チビはまあいいけど。何度引き止めるわけ?」
「悪かったな。しかし、名乗りもしないで去って行く気か? 勝つだけ勝っといて良い男気取りかよ!」
 ふざけるな、と言わんばかりに拳を震わせその言葉を吐き捨てるのと同時に、魔法を繰り出す構えをする。しかしそれは、繰り出される前に驚きで放つ事は出来なかった。
「だから、そうじゃないって。お金がたまったからもう金稼ぎはしないし、シャークさんとは逢う事ない。だったら別に名乗る必要なんかないでしょ?」
 そう答えつつ、その人物は既にシャークの懐に入っていた。即ち、構えた瞬間に拳を抑え放てないようにしていたのだ。
「そんなに知りたい?」
「…知りたいな。お前みたいのは初めてだ」
 戦っていた時とは違う、屈託のない笑顔を見せる人物。それとは反対に、シャークは冷や汗をかいていた。
「なら教えてあげる」
「なんだ?」
「俺の名前はリュート」
 フルネームはリュート=クライシスだと。
「手持ちは炎系だけか?」
「他の魔法も使えるけど、基本的には使わない」
 もういいでしょ、と呟いたリュートを見てシャークは肩を竦めた。
 おいおい、炎系だけじゃないのかよ…。
「まったく、お前には敵わないな」
「何が?」
「何もかもだ」
「良ければ、俺をサポーターとして連れて行かないか?」
 サッと右手を差し出す。



「……」
 リュートは暫く考えてから、シャークの右手をパシッと払った。
「!」
「ついて来てくれるのは有り難い。けど、安易に利き手を出すのは危険だよ。それに…サポーターとしてついて来たいなら、剣を落としたままなんて間抜けな事しないでよね」
 先に外に出てるから、と言ってリュートは闘技場を後にした。
「ふん、食えないやつだ」
 シャークは剣を拾い上げてから、リュートの後を追う様に闘技場を出た。

 二人が呼ばれたのは、ガンパネラ家の屋敷の一室だった。
 豪華絢爛な内装と、古代文明時代の物と思われる骨董品。その全てが光り輝く宝石で装飾されている。闘技大会の主催者であるボロニアは、愉快愉快と笑いながら二人にワインのグラスを差し出した。
「如何ですかな、ここの宝石の数々は…」
 上機嫌なボロニアに対し、リュートは小さく悪趣味と呟いた。シャークはそんなリュートの悪態が聞こえないように、ボロニアに尋ねる。
「ここにある宝石は、すべて魔晶石の類じゃないのか?」
「これは、お目が高い。私は美しい宝石を集めているのです。特に魔晶石の輝きは、他の宝とは比べ物になりませんな。宝石に眩む人の悪夢が魔将と成すとはよく言ったものです」
「古い格言だな」
 そこでつかさず、あんたみたいな人の事をいうんだよと、リュートのツッコミが入ったがシャークは遮る様に再び尋ねる。
「で、俺達をここに呼び出したのは、賞金以外の用件だと聞いたんだが?」
「ライムランドにおける価値ある石には三種ある事をご存知ですかな?」
「三種?」
「まずはこのような魔晶石。魔将と呼ばれるモンスターがその力を失った残骸です。魔晶石となってしまえば、只の宝石。いや、この世にある美しい宝石の全てが元来魔将であったとも言われております」
「それと、エレメンタルジェムか…」
 そして、シャークはポケットから小指ほどの大きさの小さな石を取り出した。部屋のシャンデリアに照らされたその石は、テーブルにプリズムのような七色の光を映し出している。

 エレメンタルジェムとは、原央石とも呼ばれるクリスタルに似た透き通った石だ。上位の魔術師が多勢で生み出す魔力の結晶体と言われている。3年前の聖戦後、主国ライムが短期間で劇的な復興を遂げたのは古代文明時代に編み出されたエレメンタルジェムの精製法がシャヌーンで発見されたためだという。エレメンタルジェムは魔力源になると同様に、コンピニア・システムの動力源にもなった。それ故に価値は高く、魔術師ギルドにて高額で取引される。
「そう、原央石です。シャーク殿もお持ちでしたか」
「こう見えても、多少魔法は扱う。最後の砦みてえなもんだ、魔力が尽きた時のな。ところで、残った一種は何なんだ?」
「封印石だよ」
 それまでつまらなそうに話を聞いていたリュートが、初めてボロニアに口を開いた。聞いた事がなかったのだろう、シャークはエレメンタルジェムを袂にしまいながらその名を繰り返す。
「封印石だと?」
「そ」
「流石リュート殿。私もまだこの目で見た事すらないのです。それをご存知とは!」
 そこでお願いがあるのですと、踵を返したボロニアは控えていた召使から一枚の地図を受け取った。ようやく本題に入るのだろう。その図面を眺めると、ここフェルラーラ周辺が描かれており、ある山の中腹に小さな×印が記してあった。

 洞窟にある宝石を取って来て欲しい。

 闘技大会に優勝、及び準優勝した腕を見込んでの依頼だという。
 それが、例の封印石だと言うのだろうか? 恐らくはその可能性にかけ自分達にこの仕事を依頼したのだろうが…。
 1日がかりでフェルラーラから地図にあるカタニア山の洞窟前まで歩いてきた2人は、森の中にキャンプを張った。見張りをしていたシャークは、朝の木漏れ日が差し込んでくるのを眩しそうに見上げ立ち上がる。
そろそろ、出立かな。しかし…。
 シャークは軽く溜め息をついた。足元で、無防備に寝ているこの少年は明らかに『封印石』に関して何かを知っている。それについて、道中何度も尋ねたが知らぬ存ぜぬで通され、挙句の果てには、
「しつこいよ、おっさん」
呼ばわりされ無視される始末。自分から言い出さない時はいくら問い詰めても無駄なのだ。ようやく、それに気付いた時にはリュートはぐっすりと寝入っていた。
「起きろ、リュート」
「……」
 寝起きは良くないようだ。ピクリとも動く気配はない。
「朝から冷たい水を浴びてさっぱりしたい気分になりたいみたいだな」
 ニヤリと笑って、シャークは先ほど近くの小川で汲んだボトルを手にしていた。
 そしてすぐに、派手な音を立ててボトルの水は飛び散った。
「うわ、冷てぇ!」
 飛び上がったリュートは何事かと言う顔をしながら辺りをキョロキョロ見渡したが、暫くして思考能力がハッキリしてきたせいか、首から上が水浸しになってしまった元凶である彼を見上げた。
「おい、シャーク。朝っぱらからこんな冷たい水をかけて、心臓でも麻痺したらどうするつもりだ!」
「それなら惰眠どころか熟睡しまくってた自分を恨むんだな。そんな調子じゃ夜盗どもに襲われても仕方あるまい」
「〜〜〜〜っっっっ!」
 朝の爽やかな空気と森の澄んだ空気を見事なまでに壊すように叫ぶリュートは、シャークが放った水を乾かす為に昨晩の焚き木の残りに火をつけ服を着たまま乾かし始めた。
「まったく。マント羽織ってなくてよかったよ。あれまで水浸しになったらなかなか乾かないんだから」
「そんなの知った事じゃない。寝起きが悪いお前が悪い、自業自得だ」
「寝起きが悪いのは遺伝なんだってば。もっとましな起こし方はないのかよ」
「あいにく俺は手荒な人間でな。お前の遺伝とやらにも関心はない。ところで…」
「?」
「なぜあの洞窟に封印石なんぞがあると思う?」
 シャークはすぐ近くにある洞窟の入り口に視線を送った。
「なんで、封印石って決め付けるかなぁ。洞窟に宝石がある理由なんてしらないよ。あらかたゴブリンとかに巣食われてたら困るって事じゃないの?」
 だとしても、洞窟の真ん前で人の気配を察知されるような大声をリュートが上げている。にも拘らず、洞窟からは何の反応もない。
「それとも、さっきシャークが言ってた…『夜盗』とかね」



 リュートはにっぱりと笑った、その訳がシャークには瞬時に理解できた。
 背後に強烈な殺気を感じ振り返った先にはエルフの若い女が只一人、細身の剣を手にしている。腰まである緩やかなウェーブのかかった髪に、身体の線が際立つ軽装のスーツは暗殺者を彷彿させた。構えにも隙がない事からも、相当の腕の持ち主だろう。
「シャークって実は、女癖よくないとか?」
「俺にエルフの知り合いは居ないぞ」
「だって、明らかにシャークの事睨んでるじゃん」
「だから、なんでお前はこの状況で余裕をこいてられるんだ!」
 頭の後ろに手を組んで飄々とあぐらをかいて座ったままで居るリュートに対し、シャークは声を荒げて己の剣を抜いた。
「頬に傷のある男…」
 翡翠色の瞳が只一点、シャークの顔を見据えている。どうもボロニアから受けた仕事の件とは違うらしい。尋常でない彼女の雰囲気に、さっぱり心当たりのないシャークはただ問い返すしかなかった。
「あんた俺に何の恨みがあってこんなとこに居るんだ? 夜盗とも違うようだが…」
「あたしの名前はルクレチア。ガードナー=シールドの敵といえば思い出せて?」
「悪いがさっぱり思い出せん」
「罪作りだね」
 ようやく腰を上げたリュートは、見るに見かねたのだろう。シャークとルクレチアと名乗るエルフの女の間に立った。そして、彼女に向かって両手を挙げる。
「俺は目の前で人が死ぬのは嫌だから。お姉さんも落ち着いてよ。ガードナーさんって人の敵討ちに来たの?」
「そうよ」
「このおっさんが人を殺すような人間に見える?」
「おっさんだと!」
「邪魔をするなら、おチビさん。仲間と見なしてあなたから消えてもらうわ」
「い!」
 リュートの眼前、レイピアが空を斬った。瞬時、リュートが後ろへと身体を引く。どうやら話が通じる相手ではないらしい。そのまま、焚き火のすぐ近くにおいてあった自分のマントを手に取ると、洞窟の方へ駆け出した。その後をシャークが続く。
「おい、どうするつもりだ?」
「だから俺は、人相手は嫌なんだってば!」
「待ちなさい!」
 追いかけてくるようだ。洞窟の中に駆け込むと、視界が一瞬にして暗くなる。それを利用するつもりらしい。意外に広いその洞窟の中、岩陰にリュートとシャークは身を潜ませた。

「隠れたって無駄よ、出てきなさい!」
 同時に洞窟内が明るく照らし出された。レイピアの先が明るく輝いている。古代魔法『ライト』によるものだろう。
 魔法も使うのか。当然と言えば当然だ。相手は人間よりも魔力に優れたエルフなのだから。
 リュートは魔法の発動媒体でもある、手袋手背にある魔晶石を左手でそっと撫でた。これは己の魔法を戦闘で使う時の、彼の癖だ。
「寝てもらうしかないかな」
 と、立ち上がったその時だった。ルクレチアの悲鳴が小さく響き、再び周囲が暗闇に包まれた。
「何!」
「『ライト』!」
 シャークが構えるより早く、リュートのライトが辺りを照らし出した。眼前に迫る影、見上げたその先には巨大な獣の石像がリュートの背丈の2倍ほどはあるだろう腕を振り上げていた。
 振り下ろす直前、リュートとシャークの2人は左右に避ける。
「ガーゴイルか」
 身を隠していた大岩が腕により砕け散った。あんなものに殴られれば一溜まりもない。リュートは周囲を見回す。すると、奥へと続く通路の壁際。ガーゴイルに吹っ飛ばされたようで、ルクレチアが倒れていた。
 とりあえず、照明をどうにかしなければならない。ライトを発動しながらの戦闘は、手に余る。
「シャーク、お姉さんをお願い。あと、明かり頼める?」
「それは構わんが、アイツの相手はお前には難儀じゃないか?」
「あのさ、体躯で強さを判断するのは良くないって言ったじゃん。それにアイツ。ただの剣は効かないよ」
 軽く驚いたシャークは、すぐに同じ魔法を詠唱した。詠唱の最中、そして右手にあるリュートの輝きが失われていく間、近付いてくるガーゴイルを見上げその額にある石を認めたリュートは呟いた。
「たださ、おかしいのはコイツ。魔将なんだよね。ガーゴイルは普通魔術で生み出される守護者なんだけど」
 リュートのライトが消え、変わりにシャークのライトが洞窟内を明るく照らし出した。シャークがルクレチアの身体を起こしている。どうやら息はあるらしい。それを確認すると、再び爪鉤を振り下ろすガーゴイルの一撃を避けシャークから離れてガーゴイルとの間合いを取った。
 通常のガーゴイル相手は厄介だ、魔法は効かない。しかし、相手が魔将だというなら話は早い。弱点が明確だからだ。
「六元の紅…熱く燃ゆる炎よ。我が意思により、灼熱の業火となれ…『ファイアーボール』!」
 業火と呼ぶには程遠い、拳大の火球だった。しかしそれは寸分狂わず、ガーゴイルの額にある魔晶石に命中し爆裂した。炎の熱よりも物理的な破壊力を凝縮したものだったのだろう。そのまま、石像はサラサラと砂の様に崩れ去った。
「おい、まずくないか。この石像の魔晶石がボロニア卿の探していたものだったのだとしたら…」
「それはないだろうね」
 リュートは砂山の中にある砕け散った魔晶石を手に取った。こうなってしまっては、魔晶石は宝石としての価値は殆どない。それにしても、ガンパネラ家の屋敷にはこれ以上の美しい宝石が山ほどあったからだ。
「この女はどうする?」
 まだ気を失っているらしいルクレチアを抱えたシャークは、リュートに尋ねた。
「御目覚めのキスとかどう?」
「冗談はよせ」
「じゃ、連れて抱えてった方がいいよ。ここは危ない」
「何だと?」
 その問いに答えぬままに、リュートは洞窟の奥へと歩き出した。彼の後にシャークは続く。