答えはこの奥にある。とだけ、リュートは呟いた。
洞窟の最深部、そこには小さな祭壇があった。そして、祭られていたのは手の平に収まるほどの平らな藍色の石だった。表面は磨かれていて、なにやら文字が刻まれているようだ。
ルクレチアを地に下ろしたシャークは、リュートの手にあるその石を覗き込んで首をかしげた。
「これがその答えか?」
「そ。ボロニアさんが探してた封印石。大当たりだったね、シャーク」
「しかし素人では、見た目美しい宝石とはかけ離れているようだが…」
「シャークってさ、ほんと見た目で判断するの良くないってば」
と、その時。足音が洞窟内を木霊した。入ってきたのはボロニアだ。追いかけてきたのか、その情熱には恐れ入る。
「すばらしい、よくやってくれました! あの男が言っていた情報が本当だったとは!」
入ってくるなりボロニアは奪うようにリュートの手から石を得た。大事そうに石を抱えているボロニアを、不機嫌なリュートは一瞥する。
「『あの男』?」
「ああ、これでライムランドにある三種の貴石は私の手に…!」
「止めといた方がいい、ボロニアさん。それはあんたの手には余る代物だ」
「何を…」
言いかけたときだった、ボロニアの背後に一人の男が立っていた。その大柄な男は大剣の柄で、彼の背に一撃を加え、ボロニアはそのまま膝を落としガックリと倒れた。白目をむいている。
「!」
リュートとシャークは危険を察知し構えた。これまでボロニア以外、人の気配は感じなかったのだ。なのに、ここまで進入を許した。そして、その風体の異様さ。深い闇夜のようなマントとターバン。首にある一際輝く宝石。そして中顔面を覆う歌劇に用いるような黒いマスク。マスクの一端からわずかに覗く傷跡が頬にあった。
「お前は!」
横たわるルクレチアと見比べて、シャークが叫んだ。彼女が捜していた敵の男に違いない。男はボロニアの傍らに転がっている封印石を手に取る。
「成る程ね、あんたがタブーウェッジを使ってガーゴイルを作り出した犯人か。ガーゴイルが暴走して手に余ったところで、俺達とボロニアさんを利用して始末させたわけだ」
「どういう意味だ、リュート」
「封印石の中には、別名『タブーウェッジ』と呼ばれる石がある。禁呪を封じる楔石のことさ。そしてこのタブーウェッジは魔将を生み出す『夢魔陣』が封じてある」
「『夢魔陣』…」
「あなたが…ガードナーを殺ったのね…」
喧騒に目の覚めたルクレチアが上体を起こした。そして一行に対峙する男を凝視する。
「名前、聞いといたほうがいいんじゃない。お姉さん」
「そうね、人違い悪かったわ」
ルクレチアもまたレイピアを構えた。しかし、マスクの男は手にある大剣を鞘から抜こうともしない。
「そんな男もいたやもしれんな」
ようやく口を開いた。暗くそして低く、地の底からわくような声が洞窟に響いた。そして、ゆっくりと剣を抜く。
「これから死ぬお前達に教えた所で、意味はないが。『ガイアス』とでも名乗っておこう…」
「意味はない…か、まるでどこかのチビのような事を言うな」
「こんなヤツと一緒にすんなよ」
「おしゃべりはここまでだ、今度は先ほどのようにはいかんぞ。『夢魔陣』!」
ガイアスの左手にある封印石が鈍く光り、そこから小さな欠片のような物が地面に落ちた。魔晶石だ。
「禁呪の詠唱は一瞬で済むものなのか?」
「首に下げてるでっかいあれ、エレメンタルジェムでしょ。じゃなきゃ1人でそうそう禁呪なんて発動できないよ」
「なるほどな」
「来るわよ」
魔晶石が光を帯びて魔将の形を成す。そのシルエットが先ほど戦ったガーゴイルだと気付く。また同じ手かよと、笑ってやろうと思った所で、リュートは違いに気付いた。鋼の全身装甲だ。魔晶石はどこかと、一瞬迷ったその時だった。
「リュート!」
「な!」
軽く後ろに押されて、リュートはバランスを崩した。目の前に見覚えのある体躯の影が落ちて、一瞬で消えた。そして、激しく岩の壁にぶつかる音。
「シャーク!」
リュートを庇ったシャークが数十メートル先の岩壁まで飛ばされていた。先ほどの岩の爪とは違う強靭な鋼の爪は、シャークの鎧を引き裂き、肩から血が流れているのが見えた。そして、ルクレチアの顔が恐怖に青ざめているのが分かって取れた。
「お姉さん、シャークの手当て。してあげてよ」
「でも、ガイアスは…!」
「俺、実は短気だからあんまり手間取らせないで」
と、短く言うとリュートは無理に微笑んだ。しかし有無を言わせない強い言葉に、ルクレチアは頷きシャークの元へと走る。
「俺に構うな! あんたはリュートの加勢に…」
傷口を押さえたシャークはルクレチアにそう叫ぶが、二人には聞こえていないようだ。ガイアスは封印石を手元で軽く投げながら玩んでいる。
「これで最後だ、小僧」
ガーゴイルがリュートにめがけ両腕を振り下ろした。リュートはそれにめがけ左腕を掲げる。
「『ウォール』!」
魔法の障壁が、ガーゴイルの打撃を遮った。ガーゴイルの両腕と、リュートの障壁がぶつかり合う。
「無茶よ、力負けするわ!」
「終わったな」
「ガイアス、あんたさ…」
左腕を小さく震わせながら、リュートは残る右腕をガーゴイルの頭へと向けた。顔面は兜で覆われており、弱点である魔晶石は確認できない。
「本気で俺を怒らせたね、『アストラルフレア』!」
二種の魔法の同時発動だと!
しかも片方は、炎系の最高位魔法だ。常識では考えられない光景に、傷の痛みを忘れシャークは身を乗り出した。だとしても、あの装甲を魔法で貫通できる訳がない。それは通常のアストラルフレアとは全く異種の、ファイアーボール並みの火球だった。だが、ガーゴイルに届くや、鼓膜を破るほどの爆音を上げた。耳鳴の残る中、頭部を失ったガーゴイルの身体がゆっくりと崩れ落ちた。
「バカな!」
鋼を粉砕するとは。驚く間も無く、ガイアスの手にあった封印石が一陣の風で飛ばされた。エアブラストの魔法だろう。狙い通りに足元へと転がってきた石を、リュートは拾い上げた。
「貴様、ただのガキではないな」
「まあね、元々禁呪の回収が俺の仕事なわけだし」
「何だと」
リュートはマントを止めていた金具を外し、それを裏に返した。六元の一つ、炎の紋章とサンタマリア王家を象徴する聖痕の十字。それが何を意味するか、瞬時に理解できた。
「サンタマリアのクロスナイツか!」
シャークは噂でしか聞いたことのない、王家直属親衛隊の名を上げた。サンタマリアの巫女王を陰で支える4人の精鋭。リュートがその1人だというのだ。
「『焔のリュート』。よろしくね」
「ヨシュア直属の部下か…」
「で、ガイアスさん。悪いけど一緒にサンタマリアまで来てもらうよ。一連の封印石強奪事件、あんたが絡んでるんでしょ?」
「分が悪くなったな、だがこんな所で捕まる訳にはいかんさ」
同時、ガイアスはマントの中から何かを取り出した。それが炸裂弾だと気付き、慌ててリュートはウォールを張る。爆風と煙幕が、洞窟内に充満した。
「ちっくしょ!」
咳き込みながら、リュートは目を凝らすがガイアスの気配は既になかった。
「いけない、天井が落ちるわ!」
シャークの肩を支えるルクレチアが悲鳴を上げた。パラパラと岩礫が落ちてくる。天井を見上げると、大きなひび割れが、嫌な音を立てて広がっていた。
「怪我してるおっさん1人と、寝てるおっさん1人か」
さして、危機感のないリュートはやれやれと肩をすくめる。
「冗談を言ってる場合じゃないだろうが!」
「そんなにイライラしないでよ。ガイアス逃して、泣きたいのはこっちなんだから。おばさんに怒られるんだろうなぁ…」
そうぼやいて、リュートは小さな身体に転がっているボロニアを背負った。
「おばさんって…まさか…巫女王の事じゃないでしょうね」
「ま、ルクレチアさん。俺に捕まってよ。準備はいい?」
地響きが始まった時、リュートの『テレポート』という言葉を最後に、一行は洞窟から姿を消した。
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