其の15 あした晴れたら
シーンA
 俺と華はマホメトと共にバクトリアという街に来ていた。
 ついさっき、この街に辿り着いたばかりで俺達は宿を探している。北に向かえばそれだけ、活気もないと言っていたがその通りだった。一番初めにこの世界で訪れた街に比べると、すれ違う人の面持ちが暗い。それでも、まだましな方だとマホメトが言っていた。
 じゃあ、これから先のテンションも下がる一方なんだな。こんなのがずっと続くのか…。それを助長するような、突然降り出した夕立。俺は一人雨宿りをしながら、潰れた店の軒先でそんなことをぼ〜っと考えていた。

 華とマホメトとの待ち合わせにはまだ時間があるだろう。宿を探す名目で観光がてらに、街を一通り見て廻ったがさして珍しいものはなかった。中世ヨーロッパのような町並み。この世界に来てしばらく経つがゆえに、もう見るもの聞くものに関する感動が薄れてしまった。慣れてしまったと言うべきか。元の世界でよくあったゲームのような状況は、現実厳しいものだった。魔将と呼ばれるモンスター一匹、倒す術を持たないし、剣も魔法も扱う事が出来ない。所詮俺は、日本の一般高校生なのだ。

「あ〜、レベル上げとか出来たらな。マホメトを壁にして、雑魚モンスターをタコ殴りにするんだけど」
 なんて、溜め息交じりの独り言をぼやいた時だった。俺のセーターをクイクイと引っ張る奴が居る。誰かと思って、その主を見下ろすと子供が1人泣いていた。短髪黒髪、小学生くらいの子供だ。
「ブランが見つからないの〜」
 もしかして、俺面倒な事に巻き込まれたかも。グスグスと泣きじゃくる子供の目線に併せて腰を屈め、出来る限り優しく声をかけてみた。
「どうした、迷子か?」
「ブランを探して、オッチャン」
 こめかみの部分がピシッと引きつったような感じがした。
「誰がオッチャンだ〜!」
「ふえぇ〜」
 少しだけとがっている両耳を軽く引っ張る。あ、それで気付いたんだがこの子供。人間じゃないのか。

「何やってるの、海斗君!」
 怒声が背後で聞こえた。華だ。現れるや否や、俺の両手を振り払い子供を庇うように抱えた。
 おい、何だよ華。その児童虐待でもしたような人間に向けるような軽蔑のまなざしは。
「そうじゃないの?」
 既に泣き止んでいたその子供が、俺の心の叫びが聞こえていたかのようにツッコんだ。
 その時だ、抱えていた華の両腕の隙間から黒い羽と尻尾が伸びた。
「えぇ〜!」
 驚いた華が思わず、その手を離すとそれが子供のものだと分かった。
 そう、子供は魔族だったんだ。

 子供の名前はシャリシャリといった。
 っていうか、そんな事はどうでもいい。相手は魔族なんだぞ。なのに、なんでそんな楽しそうに手を繋いで歩いてるんだ、華は!
 幸い、華が街の人から譲ってもらったという傘を手にし、雨の中を歩き出した。

「ブランとね、南の方へ行くの。でも今日は雨が降ってるから、羽が重くて遠くへは飛べないの」
「そうかぁ、南の方がこっちよりも安全だって言うもんね」
「そうか、魔族はいよいよ南の方へと進行を開始したんだな」
 俺の一言に、華もそしてシャリシャリも頬を膨らませた。
「何見当違いの事言ってるの、海斗君!」
「見当違いなのはお前だろ、華。こいつは魔族なんだぞ。探してるブランシェアとかいう奴も、大方魔族に決まってる。もしこいつがただの手下で、ブランシェアが親玉だったらどうする気だ!」
「シャリちゃんがこんなに可愛いのに、ブランちゃんが悪い子なはずないじゃない」
 だから〜、なんでそう言い切れるんだよ。
 ブランはちょっと怖いかもと小さく呟くシャリシャリを横目に、俺は水溜りの中をやけくそになりながら前に進んだ。
 大体、3人が入るには少しこの傘は小さい。
 でも、それを言ったら華は俺にシャリシャリを抱えろって言うんだ。こいつは、人の気も知らないで。

 見た目で判断してはよくないと俺は言いたかったけど、逆に種族で判断するなと言われそうで、口を閉ざした。
 俺達の元居た世界だってそうだった。人の歴史が始まって2000年経つ今でも、国際的な人種差別、宗教差別に始まって、高校の教室という一握りの集団の中でも目に見えない人の隔たりがある。結局ファンタジー世界だって、現実世界となんら変わりはないのだ。こういう人の醜い部分は。

 まあ、後はどうにでもなれだな。シャリシャリのような子供が、いきなり街の中で人間を襲う事はないだろうし。だから、人目のないところで注意した方がいい。
 幸い大通りを、中央の広場に向かって俺達は歩いている。傘から外れて、俺だけ全身びしょぬれになりながらマホメトの姿を探した。
 待ち合わせはこの場所だ。しかし、妙な集団が騒ぎ立てているのに気がついた。
 街の男達が何かを取り囲んでいるように見えた。からかうような、下品な笑い声。
「何の騒ぎだろう?」
 華が気付いたのが、人目を避けるように自分のマントでシャリシャリの翼と尻尾を隠す。
 その人の輪はさらに人を呼び次第に大きくなっていく。その中で、幼い少女のものと思われる甲高い声が聞こえた。
「だましたな〜、シャリはどこだ!」
「騙したのはお前だろうが、自分がテンジンだって嘘をつきやがって!」
 シャリという言葉が聞こえた。止めようと思ったときには既に遅く、華のマントの中からシャリシャリが消えていた。バサバサという音と共に、目の前に黒い影が横切った。シャリシャリが人の輪の中に、飛び出してしまったのだ。
「ブラン〜!」
「あ〜、シャリ〜!」

 まずい。俺は人込みを掻き分けるようにしてシャリシャリを追いかけた。今の会話の調子じゃ、殺気立った男達がシャリシャリに何をするかわからない。袋叩きにされるぞ、冗談じゃない!
「魔族だ〜!」
 案の定誰かが、恐れていた言葉を叫んだ。
 その輪の中心にはシャリに抱きつかれた、金髪の少女が居た。やはり同じくらいの年頃の子供だ。困惑した表情で、俺の事を見上げている。
「なんだ、こいつ?」
 だから、何だではなくて。今のこのやばい状況、わかってねえのか!
「やっちまえ!」
 げ、まずい。俺はとりあえず背中に2人の子供を隠した。何とか言い訳を考えようとしたけれど、それどころじゃない。俺の名前を呼ぶ、華の悲鳴が聞こえる。
 よせ、華。お前も巻き込まれるって!
 すると、ふわっと俺の身体が浮いた。
「え?」
「暴れるな、軍曹。あまり長くは飛べないから、とにかくこの場は逃げるぞ!」
 俺の身体が宙に浮いている。いや、それよりも俺が驚いたのは俺の腕を持つブランシェアとシャリシャリ…そのブランシェアの背に生えた翼、白い鳥の翼だった。
「天使?」
「だからさっきから天人だって言ってるのに。人間はちっとも信用しないし」
「ブラン〜、重い〜!」
「バカ、シャリ…落ちる!」
 やっぱり俺の体重を持ち上げるには、小学生2人では酷だったらしい。どんどん高度が下がっていく。天人だ、魔族だと喚きたてる人の渦の中に落ちる羽目になると覚悟し、硬く目を瞑った時だった。
「『スリープ』」
 聞き慣れた魔法の詠唱が広場に響いた。マホメトだ。

 結局、広場で眠りこける群集からシャリシャリとブランシェアを連れた俺達は、そのまま見つけた宿に滞在する事も出来ず、街の外れの空き家で一晩を明かす事になった。あれだけの騒ぎを起こしたシャリシャリ達だ。宿に泊まっては目立つだろうからという。最初から嫌な予感がしてたが、やっぱり面倒な事に巻き込まれたんだな。俺が軽く溜め息をつくと、隣で華がクスリと笑った。
「何がおかしいんだよ?」
「ん〜、だって。海斗君。あれだけシャリちゃんが魔族だとか、危ないとか疑ってたのに。守ってあげようとしたでしょ?」
「あれはな、あそこでこいつに何かあったら目覚めに悪いからだ」
 干草の上で、マントに包まったシャリシャリとブランシェアは手を握り合ってぐっすりと眠っている。
「明日は晴れるといいねぇ」
 晴れて空気が澄めば、彼らは翼で遠くまで旅立つ事が出来るという。南、ファンジームのソグディアナという街を目指すといっていた。そこはブランシェアの故郷である天界へと通ずる街らしい。
「魔族と天人か…。変なコンビだな」
「そう決め付けているのは人間かもしれんのう」
 重い口を開いたマホメトは、自分のヒゲを撫でる。

 後から聞いた話では、そもそもこの世界における魔族というのは魔界の番人であるらしい。従って魔族の全てが、魔界に取り込まれた『悪い奴』に該当しないそうだ。確かに魔界の軍に下ったものは、魔族が最も多いというが、それに抗おうという魔族も少数ながら居るらしい。しかし、同じ魔族であるが故にそういった組織は真っ先に軍に潰される。もしかしたら、シャリシャリも魔族が住むデストニア大陸から逃げてきたのかもしれない。

「なんかさ、魔族にもいい奴が居るってみんな分かってくれりゃあいいのにな」
「それは天人のブランちゃんだって知ってるんだし。海斗君も分かってくれたんだから。少しずつこの世界のみんなも分かってくれると思うよ」
 笑って華が答える。華が俺にかける言葉はいつだって前向きだ。どうにかなるだろうって根拠のない言葉だろうけど、不思議に心が安らぐ。だから、俺はこいつの傍に居たいんだろうなって思う。
「こいつらも、いつまでも一緒に居られるといいな」
 俺は安心しきって眠るシャリシャリとブランシェアの横顔をちらりと眺めながら、そう願った。