| 其の16 過ぎし日々 |
| シーンA |
タケルが余所余所しい。
春告げの桜の村へと向かう飛空艇・レオハルトの空路の中、グリーンストーンのレイン・グリンはマーハからそんな相談を持ちかけられた。
「明日タケルがブルーストーンのオウルを手に入れれば、後はヴァティスとの決戦だからな。それでセンチになってるんじゃねえの?」
「でも、私にだけなんだよ。グリンやオーフェとは普通に話してるだろ?」
「普通ってほど話ちゃいねえな」
「そうか…」
マーハは小さく溜め息をついた。そして眼下の雲海を、その夜空と同じ澄んだ藍色の瞳が見つめた。顔を伏せるのに合わせ、足首まである銀の髪が緩やかな風に乗って揺らめき、星の光を反射して瞬いている。
グリンにはタケルの心の内など察しが着く。神として覚醒したマーハ、そしてヴァティスと対面しレジェンドと呼ばれた戦いの起源を知った。
アクスタインと己を重ねているのだ。
そして、マーハも気付いてはいないだろうが己の母と自分を重ねている。
「上手くいかねえよな…」
そう言って、グリンは頬をかいた。彼女をどんなに想っても報われる事はない。これに関してはグリンも同じなのだが、違うのはアクスタインもタケルも同じブルーストーンのレインだと言う事。そして…。
「マーハは今どう思ってんだ?」
「え、私?」
「ああ」
「自分でもよく分からないんだ。ただ最近、昔の事を思い出す。これから向かう村での思い出や、旅に出てそんなに立たない頃の思い出…」
「お前さ、気付いてんのか? タケルもそうだけどよ、マーハも最近暗い顔してるんだぜ」
「私も?」
「よく似てるよ、お前らさ…」
グリンは微かに笑った。そして、何か思いついたのだろう。指を鳴らして、腰にあるショートソードを抜いて振った。ヒュッ、と空を斬る音が響く。
「最近夜の稽古してないんじゃねえの?」
「稽古?」
「ほらよお、まだ俺達3人でシャヌーンに居た頃毎晩タケルと2人で剣の稽古してたじゃんか?」
「ああ、懐かしいな」
「だろ、今じゃマーハは魔法ばっかだもんな」
「よし、今から行って来る!」
「ぬわに、今から〜?」
言うや否や、既にマーハは艦内の廊下の方へと駆け出していた。
懐かしい…か。
グリンはショートソードを鞘に戻し、再び雲海へと視線を戻した。過ぎし日々は戻る事はない。それは十分に心得ている。だが、こう思わずにはいられない。
「あの頃に、戻れたらいいのにな…」
無意識にグリンはその言葉を口にしていた。 |
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「勝負!」
真夜中、イーグル・デッキにマーハの声が響いた。
どこで見つけて来たのか、木刀をタケルの足元へ投げたマーハのあまりに唐突な言葉に一人で素振りをしていた彼は目を白黒させている。
「いきなり何を言い出すんだお前は…」
「だから剣の稽古だよ!」
「何を今更。今のお前には必要ないだろ」
とだけ言って、タケルは再び己の剣を振る。タケルの手にしている剣は、旅立った頃からずっと変わらない。あの村で、長であるヒミコから渡された宝剣だ。村の民、全ての形見でもある。
「何でそんな事言うの?」
「お前はただ、俺達レインに守られていればいいんだ」
「!」
タケルのその言葉が口火となった。マーハは木刀を構えて駆け出す。だが、それを察知したタケルは宝剣の平でその一撃を受けた。両手で持っていた筈の剣だったのに、右腕一本で受けている。
「どうして、タケル。昔はそんな事言わなかったのに!」
マーハの息は荒く、白い肌がピンク色に染まっている。どうやら本気で怒らせてしまったらしい。これがマーハの全力なのだろうが、タケルは右腕を微動もせず足元にある木刀を蹴り上げた。そして余る左手でそれを手にした後、マーハの木刀を流した。
「え!」
一瞬何が起こったか、マーハには理解できなかった。両手にあった筈の木刀はなかった。そしてすぐ目の前に、ついさっきまで床に落ちていたタケルの木刀の切先があった。右腕一本で払われたのだろう、マーハの木刀がカランカランと乾いた音をたて床に落ちた。
「う…」
「勝負にはならないだろう。分かったら大人しく寝ていろ。明日には村に着くんだ」
「…タケルの馬鹿!」
およそ神とは思えない罵声を上げて、マーハはその場を駆け出した。 |
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煮え切らない思いを胸に、マーハは一人戦闘ブリッジへと足を運んだ。オートモードに設定してある艦橋には誰も居ないだろうと思っていたのだが、先客が居たようだ。
「あら、一人。珍しいわね?」
「マーハじゃねえか?」
レオハルトの船長であるシーザーと、副船長・サンドラだ。この2人の恋人関係は周知の事実である。我に返ったマーハはやや顔を赤らめて、くるりと踵を返した。
「ごめん、邪魔だった!」
「何言ってるの、お入りなさいな」
「だな、せっかく来たんだ。一杯呑むか?」
シーザーは手元にあるボトルを揺らす。
「お酒はいいよ、明日の事もあるし。未成年だから」
「はあ?」
「あ、私が住んでいたところはね。二十歳未満は飲酒禁止なんだよ」
そいつは可哀想なこったと、シーザーは大口を開けて笑った。その様子に、つられて可笑しくなってしまったのだろう。マーハも笑う。
「でもさ、みんなに聞いたんだけど。私、お酒弱くて。少しでも呑むと抱きつき魔になるんだって」
「それは好都合だ…イッ!」
ボカッと派手な音を立てて、シーザーは頭にサンドラから拳骨を食らった。
「不謹慎な事は言わないの」
「サンドラ、お前だんだんグリークに似てきたぞ」
「酔っ払いはほっときましょう、マーハ」
上段の司令席から降りてきたサンドラは、操舵席のある中段へとマーハの手を引いた。そして、ティキとベドゥインの席に2人は腰掛ける。優しく微笑むサンドラは、マーハの頭をそっと撫でた。
「タケルと、何かあったの?」
「え」
タケル…と見透かされている事に驚いたマーハは思わず上擦った声を漏らした。
「なんで?」
「想像はつくのよ、貴方達のことはね。貴方の仲間達、他のレインはずっと貴方たち二人と共に旅をしてきた。だから、あたし達が知らない事を彼らはきっとよく知っているでしょう。でもね、その逆も言えるのよ。昔出逢って、そして長い間離れていたあたし達だからこそ気付く事があるの」
「剣の勝負して負けた」
まずは一言、恥ずかしそうにマーハは答えた。
「…私の両親…アクスタインとイリス。それに今まであった事、考え出すとどんどん不安になる。ヤンシャオを発ってから、ずっとタケルの様子がおかしいのに気付いてた。最後のオウルを手に入れるのはタケルだから、きっと不安なんだと思ってた。だから、私も助けになればと思ったのに。私も不安になる。ライムに行ったら、何かが壊れてしまいそうで…」
最後は言葉にならないようで、両肩を震わせていた。それに気付いたサンドラは静かに立ち上がり、マーハの背後へと廻った。彼女の額に巻いてある星の刻印を隠すためのものだった布を、優しく解いた。そして、ゆっくりと長い銀の髪を指ですくう。
マーハはサンドラの方を振り返る事も出来ずに、未だに俯いたまま震えていた。
「マーハがあの村に戻るのは二度目?」
「うん」
「最初はどんな気持ちだったのかしら?」
「あの時は、何も考えていなかったんだ。ただ、あそこに行けばタケルに逢える。そう信じてた。そうして待っていたら、本当に来たんだ。夢かと思った…嬉しかった」
「それじゃ、もっと前の話。辛い思い出かもしれないけれど、あの村を発った時のことを思い出してみて?」
「あの村を旅立った時の事…」
震えが止まった。無意識に顔を上げたマーハは空の一点を見据えて呟く。
「精一杯だった。失ったものが大きすぎて、だから私達は世界を救う事しか考えていなかった」
「それでいいのよ」
言い終えた時には、マーハの髪は器用に纏め上げられていた。サンドラは手にある、布をマーハに託す。
「これはね、この世界に来てからの最初の友達、ナギの形見なんだ」
「そう…」
マーハは再びそれを額に巻いた。髪が布に収まると、首の後ろにひんやりとした空気を感じる。
「なんか、初心に返ったみたい。後ろ髪がないのって、すっきりしていいかも!」
マーハは立ち上がって、サンドラを見つめた。ありがとう、と笑って操舵席から飛び降りる。
「迷いを断ち斬って来い、マーハ」
それまで静観していたシーザーが、励ますように声をかけた。
「互いにな。今度は勝てるさ!」
その言葉に、マーハ無言で微笑み返す。彼女が出て行ったのを見送った後に、サンドラは呆れたように肩をすくめた。
「相変わらず無責任な一言ね」
「ふん」
グラスの酒を一気に煽ったシーザーは、ニヤリと笑ってグラスを置く。
「惚れた女の見違えたなりを、目の当たりにすればな。万に一の勝機ってもんもあるだろう」 |
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そろそろ部屋に戻ろうと思っていたところだ。
呆れて声も出なかった。ついさっき悪態をついたマーハが舞い戻ってきたのだ。それだけではない。
「お前まさか、こんな事で髪切ったのか?」
「勝負!」
「おい!」
タケルは慌てて床にあった木刀を拾い、マーハの最初の一撃を受けた。
二撃目、中段からの斬り返しを再び受け流す。
「いい加減に…」
言い返そうとした所だった、素早く三撃目が下段から斬り上げられた。タケルは後ろに軽く跳んでそれを避ける。
相変わらず、無駄な動きが多い。振り幅が大きい分、攻撃にかかる時間のロスがある。タケルにはマーハの木刀の動きが、十分に目に追える。そもそも彼女の持つ木刀だって、彼女にとっては重すぎて大きすぎる一物だ。武器は選べと、グリンが教えたと彼から聞いた事がある。
剣に関しては稽古を怠っていたわけだし、仕方ないが。まるで成長してない。
タケルは苦笑して、繰り出されるマーハの攻撃を避けた。
「あの頃と変わってないな」
「まだだ!」
そろそろこんな茶番は終わらせようとタケルは腰を屈め、上段からのマーハの攻撃を受けながら力を込めて斬り上げた。案の定、マーハの手を離れ先程と同じ様に木刀は宙を舞った。
だが、その木刀がマーハの額を掠めた。額を覆っていた布が解けて落ちるのと同時に、纏め上げていたマーハの銀髪が滝の様にサラサラと音を立てて零れ落ちた。
その一瞬だ。それに魅入っていたタケルは気付かなかったのだ。片手で握っていた力を緩めた事を。
マーハがタケルの木刀を奪った。瞬く間の事で、訳も分からず目を見開くタケルの前に、自分の木刀を奪い切先を向けるマーハの姿があった。
「な…」 |
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