「な…」
一瞬、フィオの姿にあの少女の姿が重なった。同じように、滝の様に零れた銀色の髪を持つあの少女に。
俺は…今一体何を…。
「やった〜〜〜〜!」
曲刀を下ろしたフィオが飛び上がって、全身で喜ぶ。
「陛下〜!」
ようやく現状が理解できたのか、アレスはガクリと膝を落とした後にその場で胡坐をかいてしまった。
「すまない、オルトロス。俺の負けだ!」
さっぱり、罪悪感の欠片も見えない満面の笑みを浮かべるアレスにオルトロスは頭を抱えて、叫び喚いた。今にも泣き出しそうだ。
「わざとですか? 本気で負けたのですか、陛下!」
「また毛が減るな、オルトロス」
「しつこいハゲ!」
「しかし、いつの間に髪を伸ばした、フィオ?」
アレスは眩しそうに目を細めて、座り込んだままフィオを見上げた。彼女は、風になびく黒髪をかき上げてただ、願掛けだよと答えた。
「願掛け?」
「そう、あいつに会うための」
「そうか…」
「それじゃ、行って来るよ。アレス王!」
「ああ、気をつけてな。『クエスター』として旅を続けるのなら、大陸各地の冒険者ギルドを尋ねろ。きっと力になってくれる」
既に城門に向かい駆け出していたフィオは最後に、ばいばいタコ親父と大きく手を振った。慌てふためくオルトロスは、自分の召使の名を何度も呼ぶ。従者に付けようという気なのだろう。あたふたと城内へ走って行くが、そうしている間にも、フィオの姿は小さくなり、やがて城門の開く音が聞こえた。
「よかったのですか?」
アレスとアイシャの2人が庭園に取り残され、一部始終を見守っていた彼女が、気を使ってアレスに声がけた。ようやく腰を上げた彼は、パンパンと土埃を叩き、剣を鞘に収めた。まさか、すぐに出て行くとは予想していなかった。が、フィオらしい。
「寂しくなりますね」
「そうだな…、またここも静かになる」
一頻り息を吐いて、アレスはフィオの出て行った城門の方へと視線を送った。
生涯、1対1の勝負に負けたのはこれで二度目。初めて負けたあの時も、銀の髪の少女に心奪われたのが敗因だった。あれから7年たった今でも、昨日の事の様に思い起こされる。
「そういえば、アイシャ…。今日の公務だが、何か急用は入っていたか?」
「いいえ、午後はオルトロス様からのご報告を受けて定例議会が…」
「それは明日だ。今から俺は休む」
「え?」
ポンと、思い出したように手を合わせるアレスは聖泉殿の方へと足を向ける。
「そんな、お父様や皆様にどのようにご説明すれば?」
「すぐに戻るさ、気分が優れないとでも適当に理由をつけといてくれ」
「陛下!」
その場を逃げるように自室へ戻るアレスに、それ以上の反論も出来ずにアイシャは深い溜め息をついた。
年若い王の数少ない我侭なのだ。明日には戻るとアレスは答えている。まして王座を捨てるわけではないのだから、今少しだけ彼の我侭を庇う事にしよう。
父を初めとするライムの高官達の小言を覚悟しながらアイシャは1人、本殿の大会議室へと歩き出した。
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