| 其の19 神具の操者 |
| シーンA |
シャヌーンの大森林にはかつて多くの妖精が住んでいた。体長はおよそ手の平ほどの大きさで、薄絹のような4枚の羽を持つ。臆病な性質で、めったに人前には現れない。また、その涙は虹の輝きを持つ珠となるという言い伝えがあるため、悪質な収集家により乱獲され聖獣と同様絶滅の危機に瀕している。
ピノはそんな妖精族の少女だ。彼女の部族は遥か昔、シャヌーンから海を渡りサンタマリア東部の森林へと移住した。
「決して部外の者と接してはならない。鎖の梢から外に出てはならない」
里の掟である。
「それが何だって言うのよ!」
ピノは大木の枝に絡まっている錆びついた鎖を蹴り上げた。
さて、ここで繰り返す。妖精族は元来臆病な性質である。しかし、察しの通り彼女の場合は異なる。
いたた〜、と蹴り上げた足の甲をさすりながら彼女は軽々とその枝を飛び越えた。向かう先は森の中の馬車道だ。冒険者や旅人が大陸東部から聖都ヤンシャオに向かい必ず通るこの道を、ピノは毎日訪れていた。無論、人に逢うつもりではない。彼らの落し物を、彼女は探している。それは、街で配られているビラや、捨てられた装備品や食べ物のくず。ゴミと呼べる代物かもしれないが、彼女にとっては貴重な宝であった。
なぜなら生まれてこの方、森の外に出た事のないピノにとって外界の様子がどうなっているのか、知る手立てはこれしかないのだから。
道の片隅に落ちている紙屑を、彼女は目ざとく見つけ飛び降りた。
「あ、今日はチラシ発見〜。『冒険者法案、成立。ライムランド全土の冒険者ギルドで施行』。って。何それ?」
ファッション情報ではないらしい。広報の類だろう。ピノは舌打ちしてからそのチラシを読み始めた。
さて、ここで彼女が元来の妖精と異なる点がもう一つ。それは、都に憧れる田舎娘。自ら編んだレースのフリルがついた薄桃色のワンピースに、山吹色の巻き毛には同じレースのリボンをつけている。本人は可愛いと信じて疑っていないその格好は、長年慎ましく質素に暮らしてきた妖精族の中では一際目立っていた。
ゆえに「変わり者」と言われている。もっとも、本人は全く気にもしていないのだ。
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「また、掟を破りおったな」
部族の長老・カヤに呼び出しを受けたピノは、里一の古木の幹にある穴に呼び出された。そこはカヤの住まいである。
「いいじゃないの。人間に見つかったわけじゃないんだから」
「よくないわい。そんなはしたない格好をして。恥ずかしいとは思わんのか」
自分のお気に入りのワンピースをはしたないと言われ、癪に障ったのかピノは頬を膨らませた。対峙して座る老婆の格好をじっと見つめる。ピノが物心付いた時から全く変わらない、ニムの葉の繊維で織られた簡素な衣服。
「身体に雑巾巻いてるようなオババに言われたくないもんね〜」
「なんじゃと!」
「オババにはあたしのセンスが分かるはずないんだから」
ピノの部族が海を渡りここに移り住んで、もう100年は経つ。戦う術を持たない妖精族であるにも関わらず聖戦の戦災から難を逃れたのは、サンタマリアを制圧していた魔王ドレイクが亡き先代巫女王との誓約を守り、外界との結界を築き守護した為だ。聖戦が終結し結界が解けた今は、むしろ外界と接触する危険性が高い。
故に、カヤはこの若い無鉄砲な妖精の身を案じているのだ。
「そんな事をしていれば、いずれ人間にみつかるぞ」
「古いわよ、オババ。ライムランドには大陸民権保護法っていうのが3年前に成立して、戸籍を各国政府に登録する事になったのよ」
「みんけんほごほお?」
「でね、ライムランドに住む全ての民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を守られるの。昔みたいに人間が妖精を捕まえて飼うなんて事は、今じゃ犯罪になるわけ」
「なるほど…」
意外にもピノ。ファッション以外の情報にも精通している。彼女の言う通り、現レインであるアレス王とヨシュリア巫女王が中心となり戦禍で疲弊したライムランド全土の戦後復興を行なった。大陸民権保護法とは3年前の国政改革の一環、民権政策で修正された法案である。
「いいもんね〜」
それまでは正座をして説教を聴いていたピノであったが、ついに我慢の限界に来たらしく立ち上がってクルリと背を向けた。そして何かを思い出したように、宙を見上げる。
「あ〜、そういえば昨日は『四色の貴公子』のブロマイド拾ったのよ〜」
「ぶろまいど?」
「そうそう、シャヌーンで開発された映写技術を駆使した最新の肖像画よ」
「肖像画とな、してそのシシキの貴公子とはつまり…」
「あったりまえじゃない。今女の子の間で大人気といえば…青・緑・黄・紫のレインに決まってるでしょうが!」
そのレインという言葉を耳にしたカヤはとたんに顔色を変えた。孤立している妖精族といえども、ライムランドの民。レインの名の意味はもちろん知っている。
「今すぐじゃ、今すぐここにそれを持って来い!」
きゃあ〜、レイン様〜。と狂ったように叫んでいるカヤを放っておいて、ピノはニヤリと笑って外へ出た。カヤの説教から解放されたのだ。
(なんだかんだ言ってねぇ、あの齢80年を越えるオババでさえ外の世界に憧れてるんだから)
そのまま古木の上に向かい、自分の住まいの前で腰を下ろす。張り出した枝からは森の様子が一望できる。霞の向こうに見えるヤンシャオの街並みとロンシャン城を眺めながら、ピノは昼間拾ったチラシの内容を思い起こしていた。
冒険者法。良く言えば便利屋、悪く言えばならず者集団だった冒険者ですら、レインは保護しようとしているのだ。時代は変化し平和な社会へと向かっている、確実に。ピノはそう信じている。だからもう、こんな里に篭っている必要はないのだ。
「そろそろ、頃合いよね」
妖精族には戦う術はない。魔法を扱う事も出来るが、それは魔将と戦うにはあまりにもひ弱だ。だったら外の世界に出る為にはどうするか、ピノは考えた。それは…
「冒険者を利用してやるしかないわ!」
フフフと不適に笑う彼女…、他種族から見れば華奢可憐と言われる妖精族とは頭底思えないだろう。
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空を流れる雲のようにゆったりと、幌付きの古い馬車は森の道をヤンシャオへと向かっていた。馬車の御者と、2人の客を乗せている。
「で、爺さん。あんたみたいなドワーフが何でロンシャン城なんかに用事があるんだ?」
そう尋ねた眼つきの悪い青年は、やる気がなさそうに欠伸をした。バンダナからこげ茶色の癖のある髪が乱れ立っており、左頬に残る大きな古傷と黒いロングコートは普通の旅人ではない、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。いかにもならず者のような冒険者だ。
「知らんでもよかろう。ロンシャンに着くまでの護衛の仕事さえこなしてくれればいいのじゃ」
青年の雇い主であるらしいドワーフの老人は大切そうに小包を抱えている。その様子からも、何かを城に届けに行くらしい事は凡そ予想はつくが、あえて青年はそこを指摘せずに、感じわりい…とだけ言って瞳を閉じた。同時に、グウとお腹が鳴った。
「くそ、腹減った…」
「ほほう。食うための金もないか?」
「うるせえ。さもなきゃこんな仕事してられるかっての。大体そんなご大層なもん運ぶんだったら、それなりの人間雇えばいいだろ〜が」
「腕は確かじゃろう。それにお前さんのその武器に興味があってなあ」
何かを含んだ笑いを漏らしながらドワーフの老人は、青年の腰に下げた棒に目を見やった。
剣でもなく、棍や槍の類でもないロッドの様に見える。青年の風体と似合わない柄にある装飾には、金銀銅とそして白金と思われる磨かれた金属の玉が埋め込まれていた。そしてラシューヌ神を意味する六星の紋章が柄の先にある。普通の武器でない事はその筋の人間からは明らかだ。
「それと良く似た武器を目にした事があってなあ」
「爺さん、あんた何もんだ?」
「それはこっちの台詞じゃわい。まあ、わしは一介の武器商人じゃがな」
「ほ〜」
一介という部分は嘘だろう。己の武器がなんたるかを知る彼は、胡散臭そうに雇い主を睨みつけて再び空腹を忘れる為に瞳を閉じる。
そんな会話の盗み聞きしながら、御者に見つからないようにピノは幌の上で耳を当てていた。
「カモ発見。貧乏だけど腕は立つ。扱い次第でいい相棒になるじゃない」
などとほくそ笑んでいたその時だ。気配を感じてピノは顔を上げた。
視線の先、茂みの奥に人影が見える。強烈な敵意を感じ、彼女は身体を竦めた。背格好はよく分からないが、その人物の仮面。黒く瞳の赤い虚ろな表情をした仮面に心奪われていた最中、その人物の手からキラリと光る宝石が地に落ちるのを見た。
(何なの、あれ?)
記憶を総動員して心当たりを探す暇もなく人影が消え、変わりに地面からその倍もあろう影が生えた。
「グオォォォォ〜〜〜〜!」
地の底から響く雄叫びを、その異形なる者が発した。地から生えた影の正体は大樹だ。幹に魔晶石、眼と口がある事を覗いては。
「ヘパイストスさん、ルーンさん!」
御者が悲鳴を上げて、馬車を止める。ピノは目にした事実に恐怖を隠しきれずに大声を出した。
「魔将〜〜〜〜!」
「出てきやがったな!」
幌の中から青年が飛び出す。魔将は1匹、先ほどの人影は既にない。彼は嬉しそうに笑って、近付いてくる大樹の魔将に向かい合った。
「エビルプラントか。っしゃあ、爺さん。コイツで報酬にボーナス入れとけよ」
「それは魔将を退治してからの話じゃな、ルーン」
ルーンと呼ばれた青年は、腰にあるロッドのような武器を抜いて両手で構えた。長さは片腕の長さほどしかない。装飾に比較して、あまりにもその武器は貧弱に見えた。
魔法でも使うのか。いや、そんな様子には頭底見えない。ロングコートから覗く適度に筋肉が付いた体格からも、魔術師には到底思えないからだ。
(だったら、あんな物でどうする気なのよ)
幌から身を隠して様子を伺うピノは、絶望的な状況にどうやって逃げようかと企んでいる。カモかと思ったけれども、どうやら見誤ったらしい。
(あんなの1匹にやられちゃうようでは、あたしの相棒には程遠いし)
「残念だけど、ここまでみたいね〜」
肩を竦めて両手を挙げた。
「よく見てろ、チビ」
「い?」
どうやらルーンはピノの存在に気付いていたらしい。彼女は吃驚したが、もう身を隠す必要もなくなったと諦めて老人の傍へと舞い降りた。
「それと、爺さん。コイツはこういうもんだ。『Liberate』!」
何かを唱えた。魔法? いや違う。ルーンが構えていたロッドが白く光り輝いた。するとロッドから戦斧の刃が現れたのだ。
「バトルアックス!?」
ルーンの上体ほどの大きさもある巨大な戦斧だ。しかし重さを感じない位に軽々と身構えている。
「やはりな、神具か…」
ドワーフの老人、ヘパイストスがそう呟いた。ピノも断片の知識はある。神具…ラシューヌ神が人に与えた聖なる武器。現存するのはレインが聖戦時に手に入れた6種、大剣・小剣・棍・爪・杖・槍。6つの神具は全てライム城に安置されていると聞いていたが。
「でも、あいつ。レインじゃないよね?」
「神具のレプリカじゃな。だが、ようできた代物じゃ。ルラの持っていた星のロッドに似ている。神具は扱う者により形を変えると聞くが。なるほど。ルーン=アクス。斧戦士に相応しい名じゃのう」
「うるせえよ」
ピノとヘパイストスの会話を聞いていたらしい。
やはり予想はしていたが、この老人はルラかレインの関係者なのだろう。彼はある過去から、レインに対して良い感情を持ち合わせていなかった。うんざりとした顔をしたまま、ルーンは魔将へと駆け出して行った。
エビルプラントから威嚇するように鋭い枝が伸びる。それは触手のようにルーンへと襲い掛かるが、彼は戦斧を振って枝を払い魔将へと近付く。冒険者の熟練した一連の動きに、ピノは確信した。
(前言撤回、こいつこそあたしの求めていたカモだわ!)
枝はルーンを捕らえようと、その体を貫こうとあらゆる方向から伸びるが、それを意とも簡単に斬り捨てていた。次の瞬間、既に魔将の直前に彼は立っていた。ニヤリと笑い、戦斧を大きく振りかぶると同時に刃が再び白く光り輝いた。
「終わりだ」
刃がエビルプラントの魔晶石を捕らえた。石の砕け散る音と共に、魔将は崩れ去る。
(こいつ、できるじゃん)
予想以上の強者だ。周囲を見回し新手の魔将の気配がない事を確認するとルーンは神具の発動を解除し、それは以前と同じロッドへと姿を変えた。
「マズったな、また石をやっちまった」
「なになに、約束どおり報酬に上乗せをやるから」
石を砕いてしまえば、倒した魔将は魔晶石に戻らない。魔晶石は宝石とほぼ変わらず換金できるのは冒険者の中では一般常識だから、金に困るルーンは後悔しているのだろう。調子に乗りすぎたな、と舌打ちをして再び馬車の中に戻ろうとした。
「ちょっと待った〜」
その彼の眼前で、ピノは小さな身体をいっぱいに広げる。
「あんたさ、あたしをマネージャーにしない?」
「……」
一瞬の沈黙が降りた後、ルーンは彼女の横を通り過ぎて幌の中に入っていく。その後に続くようにヘパイストスもまた歩き出した。
「ちょっと、ちょっと〜!」
「よ、妖精だ…フェアリーだ!」
只一人、我に返った御者だけがピノを指差し驚いて声を上げた。
(そうよ、この反応が普通でしょ!)
なんて思っている間にも、ルーンとヘパイストスの2人は馬車の中、元の場所に腰掛けている。ピノは慌てて置いていかれまいと飛び込んでいった。
「あたしフェアリーよ。貴重な妖精なのよ。無視しないでよ! あんた達、どうかしてるんじゃないの?」
「わしの場合、妖精なら知り合いが居たからなあ」
「俺は興味ねえ」
一言吐き捨てるルーンに、ピノは言葉に詰まった。
(何よ、何よコイツ!)
「それにね、この魔将をあんた達に仕向けた犯人だって見たのよ!」
「ヴァティス亡き今、魔将を自在に操る者なんぞ居るわけなかろうに」
「寝ぼけた事ぬかしてるんじゃねえよ」
ルーンはそのままごろんと横になってうたた寝に入り、ヘパイストスが大口を開け笑った。その様子にピノは頭に血が上り、顔が真っ赤になる。
「あの、お嬢さん。あんたも乗るのかい?」
恐る恐る尋ねる御者に、ピノは声を荒げて答えた。
「と〜ぜん。意地でもついていくんだから!」
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