其の20 天翔る雲
シーンB
 父と別れて探すという名目で、シーアイスはアイシャと共に庭園の西へと向かった。離殿があるなどと説明は受けていない。広い庭園をどれだけくまなく探せばよいのか。しかし、幸いなことに庭園の隅には先程会ったあの老人が待っていた。どうやら自分達のことは知っているらしい。
「わしの名はヘパイストスじゃ」
 と極めて簡単に名を告げると、2人の先頭に立ち茂みの奥へと進んでいった。
「それだけか?」
「ドワーフじゃな。ちいとばかり、手先が器用なだけの・・・」
「ただのドワーフが王城内に招かれるはずがないだろう、まして今日のような特別な日に?」
「タケルに誕生日プレゼントを持って来ただけなんじゃが。そうだのう、次からは正門をくぐるのはよしておこう」
 それは忍び込みでもするつもりか、と無礼な老人に反論しようとしたところで、3人は煉瓦造りの小さな家の前にたどり着いた。これが、あの少年の言っていた離れだろうか?


 中で待っていたらしい少年は、部屋の中央におかれたテーブルの上にグラスを並べていた。
「来たな。シーアイス、アイシャ」
「滅相もございません。そのような事は私が致します!」
 アイシャが慌てて少年の手からグラスを奪う。




「みんな、何か冷たいものでも飲まないか?」
「私がご用意致しますから」
「しかし、呼び出したのは俺なんだし・・・」
「そういうことはおなごに、任せておくのがええぞ。タケル」
 もう既にソファーに腰掛けているヘパイストスに諌められ、タケルと呼ばれた少年はすまなそうにアイシャを見た。それに対してアイシャは顔を赤らめて、部屋の奥へと走って行く。
「あの・・・、失礼ながら、アレス国王陛下でいらっしゃいますよね?」
 目の前にいる少年は、どうみても聞いた人物像と掛け離れている。世界最強の剣士と言われる、アレス=フォン=ラントライ。レインのリーダー格であり、年は自分と五つしか違わぬはずだ。どう見ても妹よりと同じ程、いや年下にも見える。
「お前の言いたいことは分かる、王に見えないって事だろう。今日は俺の22の誕生日だし」
「いえ、そういうわけでは…」
 疑問を見透かされ取り繕うシーアイスに、アレスは右手の平を彼にかざした。
「実は5年間、水晶漬けだ。だからな、本当は17になる」
 それも正確ではないけれど、と小さく笑って椅子にかけた。随分と想像も付かないことをさらりと述べるもんだ。アレスであることに間違いはないだろう。先ほどは余裕もなくて気づかなかった首にかけてあるブルーストーンのペンダントが、それを証明していた。
「しかしなぜ、私達をお待ちに?」
「ヘパイストスのな、バースデープレゼントをお前に任せようと思うんだ」
「プ、プレゼント?」
「ああ、オルトロスには断られた。軍事にまで手が回らないらしい。かといって、ホウンテインは魔力に乏しい。そこで、魔法剣士であるお前に頼みなんだ。俺はクリアブレイド家の人間に、世話になっているから…」
 恩返しという訳か?
 その、「プレゼント」とやらで忠誠を買おうという事なのだろう。
 シーアイスの脳裏には、前騎士団長であり、クリアブレイド家で名誉の故人と呼ばれる伯父の名がよぎった。
「いえ、伯父のスサノオも陛下と、そして王家に遣える者として当然の事をしたまでです」
 適当に称えればよいと、軽い言葉であった。
「当然?」
 気に障ったのだろうか、怒りに触れたのか。しかし、見返したアレスの顔は想像に反してひどく悲しく見えた。
 ちょうど、別室から冷えたワインを手に戻ってきたアイシャも何事かと、その雰囲気を察したらしい。
「アイシャにも、聞いて欲しい。スサノオは…いや、彼だけじゃない。多くの人間が俺のせいで死んだ。もう、俺のために命を懸けるな。そんな事をされても、俺は少しも嬉しくないんだ」
「嬉しくもないだなんて、そんな…」
「生きていて欲しかったんじゃろう」
 意を解したらしいヘパイストスが口を挟むと、彼は目を伏せて静かに立ち上がった。
「俺はそろそろ戻るよ。アイシャ、せっかくだがまたあとで。こんな風には気楽に話せないかもしれないが」
「着飾られる覚悟はできたか?」
「いや。でももう時間がないから悠長に飾ってはられないだろうし。物の枚数が減るだろ?」
「なるほどの」
 後の話は任せたよ、とアレスは足早に立ち去って行った。アレスを見送ったアイシャは、手にあるワインを机に置き残念そうにつぶやいた。
「お気を悪くされたのは、お兄様のせいですわ」
 不満そうな声を上げた彼女をよそに、シーアイスは先程のアレスの言葉を思い起こしていた。
「俺のために命を懸けるな…か」
 ライム滅亡からこれまでに、スサノオと、また彼と同じように命を賭したかった父を否定した人間にこれまで会わなかったのだ。それを、当人であるアレスが拒否したのだから。
「あれはの。生まれてすぐに、両親を失った。聖戦では育ての親も、友人達も失った。実の弟も亡くしておる」
「お寂しいのでしょうね…」
 アイシャがそうつぶやいて、俯いた。
 その聖戦を共に戦い生き抜いたレインとも離れて久しい。そして、まだ17の少年なのだ。心を寄せる相手が居ないのだろう。そう考えたところでふと、既視感を得た。
 昔、アイシャが母を亡くした時もこんな風には周囲に反抗した事がなかったか?
 彼女にして唯一度きりの。
 そうして、彼はある考えに至ったのだ。
「陛下には、この私が付いております!」
「は?」
 ギュッと拳を握り締め立ち上がるシーアイスの変貌に、ヘパイストスは目を丸くする。
「これは兄の悪い癖です。お気になさらないでくださいね」
 空笑いしたアイシャ。
 嫌な予感がした。兄は相当に思い込みが激しい。
 そう、あまりに激しくて暴走することもままにあるし…
 などと考えているそばから、彼は出口に向かって駆け出そうとしていた。
「お待ちください、お兄様!」
 慌ててアイシャがシーアイスのマントを引っ張ると、つんのめった彼はビターン、と大きな音を立てて倒れた。彼の眼鏡が、嫌な音を立てた。
 かなり痛そうだが、そんな事は気に止めもせずにアイシャは穏やかに笑う。
「陛下がおっしゃられたように、ヘパイストス様からお伺いしなくてはならない件がありますでしょう?」
「また、よく転ぶ男じゃの」
 眼鏡は無事か? 見当違いにも思える台詞にシーアイスはむくりと、起き上がりそれを捨い上げた。少しヒビが入っているが、それもお構いなしにつけ元の席に座る。ようやく落ちつきを取り戻したらしい兄の様子に、アイシャはほっと胸をなで降した撫下ろした。
 まったく…
「ところで、陛下のプレゼントとは一体何ですかな?」
「ようやく本題じゃわい」
「ヘパイストス様は陛下の御友人なのですか?」
「聖戦での、『レオハルト』という飛空艇に乗っておった。ドギ殿の助手として色々と教わったからのう。せっかくじゃから、タケルの役に立てる物を用意したんじゃ」
 そう楽しそうに話ながら、背にある袋から筒のような物を取り出した。先程に比べると大分咎が外れたようだ。
「ドギ様…あのコンピニア三博士の?」
「そうじゃな。残念な事に亡くならてもうたが」
 筒から丸まった紙を取り出したヘパイストスは、それを机の上に広げ出した。
 これは一体?
 何かの図面のようだが、訳の分からない文字列と奇妙な形をしたそれにおおよその概感も掴めなかった。手掛りを探そうと再度隅々までその図面に目を通すと、「115m」というとんでもない大きさを示す数字があったのだ。そして「レオハルト後継機」という言葉。
「ま、まさかこれは、…飛空艇!」
 導き出された答えに、へパイストスはさも嬉しそうにニヤリと笑った。
「フォッフォッフォッ、さあ始めるかの。シーアイス!」