| 其の21 薄幸の魔術師 |
| シーンA |
愛しい姫君は御年7歳となる。
少年ジニアス=ジスタッフは人形のようなドレスに身を包んだファルシーオ=ルルカ姫を誇らしげに見つめた。黒曜石のような艶やかな髪に透き通るサファイアの瞳を持つ幼い姫君。
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「姫様はライムの宝石です!」
ジニアスはヒシッと彼女を抱きしめるのに対し、当の姫君はうんざりとした顔をしてジニアスを見上げた。
これは日常茶飯事の光景なのだ。誕生日ではない昨日だって、全く同じ台詞と言って彼女に抱きついてきた。自己陶酔の絶頂へと達した彼の顔。一体彼が何を考えているのか、幼い彼女には分からない。教育係という下に、父から命を受けた少年であったが少々この態度は違うのではないか? 物心ついた頃から少しずつ彼女は違和感を覚えていたのだ。
そうしてついに7歳の彼女は…呟いた。
「ジニアス、お前うざい」
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夢から覚めたジニアスはベッドから体を起こした。
「悪夢です…」
今朝の出来事だ。ジニアスは彼が仕える姫君ファルシーオ、そして彼女の父オルトロスと共にアルティマの視察からライアスへと戻った。飛空艇ラピッドクラウドの中で、なぜか楽しそうに剣を振る彼女を見て嫌な予感はしていたのだ。
「フィオ、何を企んでいる?」
やはり同じ思いでいたのだろうか?
父にフィオと呼ばれたファルシーオ姫は素振りを止めて、オルトロスへと振り向いた。悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女は頭底、姫君のイメージとは縁遠い。シャヌーン風の丈の浅いズボンに袖の短いシャツ。マントとそろいの、青い布を頭に巻きつけていた。
そう、まるでどこかへ旅に出かけるような…アルティマで度々見かけた冒険者のような出で立ちだ。
「秘密ッ!」
にんまりと笑うフィオにジニアスとオルトロスは肩を竦めて顔を見合わせる。
本当に嫌な予感がする。
飛空艇がライム城に着いて直ちに、彼女は城主であるアレス国王に勝負を申し出た。
「勝ったらオレは旅に出る」
と。
相手はあのレインである。勝ち目があるわけないとオルトロスは油断していた。無論ジニアスも、これは無茶を諦める良い機会になるだろうとたかをくくっていたので、彼女の傍を離れ外交省事務官の元へ報告書の提出に出向いていたのだ。
ところが、アレスが負けたのである。
「気付いたか、ジニアス」
ジニアスの休む部屋へ青い顔をして入ってきたのはオルトロスだ。その表情から伺うに、完全にフィオを見失ったのだろう。
陛下もお戯れが過ぎると、一言呟いて椅子へと腰掛けた。
「まさか国王陛下もフィオ様の悪戯にご加担を?」
「いや…あの勝負、八百長ではないと仰せになったが。どうも城下でな、フィオにクエストを依頼されたようなのだ」
「『クエスト』?」
耳慣れぬ言葉にジニアスは一瞬首を傾げたが、おもむろにアルティマの各地で耳にした「クエスター」と呼ばれる冒険者達の噂を思い起こした。グリーンストーンのレイン・グリンが管轄する冒険者ギルド「グリーンウッド」。確かそのギルド名簿に登録された冒険者をクエスターと呼んではいなかったか?
「ギルドが仲介する仕事の通称だ」
「しかし、なぜ陛下がその『クエスト』を姫様に?」
「『修行』…とな」
「しゅ、修行〜?」
「可愛い子には旅をさせよとも仰せになった」
オルトロスは落胆して頭を抱えた。すると、先程城で見かけたフィオはやはり幻覚などではなかったのだ。彼女を見つけてすぐに、頭を殴られ昇天してしまったが。
オルトロスの話によれば城内に通じるある場所で彼女は、アレスから依頼されたクエストをしていたらしい。そしてそのクエストをクリアした後の帰り道で、ジニアスに遭遇した事になる。
確か、連れが居たような気がする。ジニアスはまだ痛みが残る頭を抑えて、記憶を探った。珍しい連れだった。猫の獣人、ピンク色の服を着た派手な妖精、それに黒いコートを羽織った男。この男は外見からしてもかなり怪しい。
「物騒な輩が居りました。ご無事でしょうか、姫様…」
「事は深刻だ。すまぬ、ジニアス。フィオを連れ戻してはくれまいか?」
「勿論でございます、オルトロス様!」
ジニアスはベッドから飛び起きた。アルティマから戻ったままの仕官服に、帽子とマントを身につけ、師であるヨシュリアから賜った金の腕輪を手首に通し袖口の下に潜ませる。この腕輪には古代語魔法の触媒となるよう魔力が施されている。一般に魔術師がスタッフを触媒にするのに対し、煩わしいとして好まないヨシュリアが自身のグローブと同様にサンタマリア王家お抱えの鍛冶職人に作らせたのだ。
修練以外の目的で身につける時、それはフィオの身に危険が及ぶ時であると心得ている。
レッドストーンのレイン・ヨシュリアの姿が脳裏によぎった時、ジニアスは思わずそれを口にした。
「レインに全てをお話になりませんか、オルトロス様」
ジニアスとオルトロスは秘密を抱えている。ヨシュリア、グリン、そして彼らが仕えるこの国の主、ブルーストーンのレイン・ アレスはその秘密を知らない。
「あれはわしが墓まで持っていく」
「……」
まだ齢50にも満たないと言うのに、すっかり老け込んでしまい苦労の跡が伺える。あの秘密を抱えるのに自分とオルトロスの二人きりでは心許ないのではないか?
それのみにあらず自分達は、世界を統治するレインを裏切っているのだ。
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アレスが私室に戻ると、忍び込んできたのであろう、テラスにはジュウジュが港を眺めて立っていた。
「そろそろライムを経ったかな?」
「ああ」
アレスはマントの留め金を外し、大きな溜め息をついて腰掛ける。しぼられたよ。笑いながら、そう言った。
「連れ戻さなくてもいいのか?」
「もちろん」
「貴族のお姫様がクエスターにねえ。危なっかしいなあ」
「なりは悪いが人はよさそうな斧戦士が居ただろう?」
「あ…ああ?」
ジュウジュは記憶の糸を手繰り寄せる。確かルーン=アクスと言ったか。ギルド名簿には登録されていたが、率先してクエストを受ける人物ではなかったはずだ。そして「人がよい」というアレスの言葉にどうも引っかかる。クエストを受けた際の態度も、報酬を受けた際の態度も頭底「人がよい」とは言いがたいからだ。
「あれが『人のいい』クエスターか?」
「妖精を連れていただろう。彼女達は人に懐かない。だから彼はそういう人間さ」
「ああ…」
「それにな、彼は腕が立つ。フィオと旅をさせるにはうってつけなわけだ」
面白そうに彼は卓上にある世界地図を広げた。
「でもよ、あのルーンとかいう男。名簿のクエスターランクはBだぞ。そこまで腕が立つとは思えねえな」
「彼の持っている武器を見たか?」
「武器?」
「神具だ」
「なんだって!」
「マーハが持っていた星のロッドに似ていたな。恐らく俺達の持つ神具とは違う。複製品だと思うが…」
神具とは神がレインに与えたもうた、武器である。7年前の聖戦で、実際アレスをはじめとするレインは神具を手にし、ヴァティスと戦った。
そんな物の複製品をただの人間が持っているというのか?
再び世界地図へと視線を落としたアレスは、ライムからシャヌーンへの海路を指でなぞった。
「フィオと彼らはいずれ真実を目にする。そして俺達を裁く」
「『裁く』ねえ。その割には、な〜んか楽しそうな顔をしてるよな。お前」
「え?」
意外な言葉にアレスは顔を上げた。自覚がなかったようだ。
「心ここにあらずってな」
「そうか?」
「そうそう」
アレスの指先はシャヌーンからファンジームへと動いた。
「聖戦の旅路を辿るんだ、フィオ達は。だからかもしれない、懐かしくなる」
7年前に思いを馳せているのだろう。遠い目をした2人を現実に引き戻したのは、扉を叩くアイシャの声だった。
「陛下、ジニアス様から出向のご許可を頂きたいとのお申し出が…」
その言葉にジュウジュは小さく笑う。
「ほ〜ら、早速お姫様へ追っ手が放たれるぜ」
「……」
アレスが一瞬見せた残念そうな表情を、ジュウジュは見逃さなかった。
彼はフィオに旅を続けるよう望んでいる。裁きをフィオに求めている。
恐らくアレス一人ではない、レインの意思となるだろう。すれば、冒険者ギルド「グリーンウッド」のすべき事は唯一つ。
「全力で妨害!」
ジュウジュはニヤリと笑い、その場から姿を消した。 |
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