| 其の21 薄幸の魔術師 |
| シーンC |
サンタマリアの巫女王、ヨシュリアの下で魔術修業をする事になった初日。ヨシュリアはジニアスに問うた。
「あなたには守りたいものがありますか?」
それはジニアスにとって非常に簡単な問いだ。答えはただ一つ。しかし、その答えを口にする前に、彼女はさらにこう続けた。
「私には守りきれなかった人がいます」
厳しくジニアスを見つめる彼女にほんの一瞬、寂しさが浮かんだ。聖戦におけるサンタマリア王家の悲劇はライム士官であるジニアスも周知の史実だ。
「御母上ですか?」
国を守るために魔王に身売りした先代巫女王シュファイア。ヨシュリアの実の母である彼女は、魔王の娘であるヨシュリアを産んだ後、幼い彼女を連れて亡命した。母はレインとして生まれた娘を守ろうとしたが、皮肉にも魔王に魂を売った国の兵士によってその命を絶たれたとされている。しかしこんな心無い噂もある。
竜人の娘、ヨシュリアは母殺しの罪を背負っている。
と…
「そうですね、母と…妹のような女性です」
「妹のような?」
「聖女『シュスフィーナ=セリス=サンタマリア』。私の従妹にあたります」
サンタマリア王家は聖女の血統。天界パウルに住まう神の声を聞く唯一の人間とされる。セリスの名をもつシュスフィーナは影巫女、すなわち隠された聖女の分家、シュファイアの妹シュレイアの娘だ。その彼女もまた聖戦で亡くなったという事か。
ジニアスは新たに知った王家の悲劇に彼女にかける言葉を失った。
「守る者があれば、人は強くなれる。それは私の師、マホメトの言葉です。強くなりなさい、ジニアス。あなたに守る者がいれば、きっとあなたは、私を超える術師になる」
「強くなれ…ですか、師匠…」
苦笑いをしながら、ジニアスは遠方に見える交易街マラカンドを望んだ。
「けれどその姫様が強くあろうとしている。守る私はどうすればよいのですか?」
「は〜い、ピームバーグッ!」
旅芸人一座「獅子の翼」のテントの中。新妻クルエが彼女の夫シルクレストの食卓に並べたのは、彼が最も苦手とする緑の豆がちょこんと乗ったハンバーグだ。
「お前、これはいじめか?」
「何よ、あんたの好き嫌いを治してあげようとあたしが考えたんじゃないの!」
「好き嫌いとかなぁ…そういう以前にだッ!」
シルクレストはフォークをハンバーグに勢いよく刺して、ひっくり返した。
ハンバーグの裏は黒い。
真っ黒だ。
おまけに、なんだかボロボロと煤みたいなものが皿の上に広がった。
「食えるものを作れッ!」
「何ですって!」
「お前、ちょっとはリップやサルサを見習って料理の…」
「おバカッ!」
シルクレストが文句を言い終える前に、ハンバーグをわしづかみにしたクルエがそれを彼の顔に押し付けた。声にならない悲鳴をあげて、シルクレストはそのまま椅子ごと床に転ぶ。炭の味が口に広がりむせ、数度咳込んで体を起こしてみると、すでにクルエの姿はなかった。
あ〜あ、また怒らせたな。
今回に限ったことではなく、もうずっと幼い頃から繰り返している些細な喧嘩だから余裕なのだろう。一座の花形、麗しの舞姫・クルエは少々気が短い。リップの夫であり戦友ペンソを思い浮かべ、彼がうらやましいなぁとふと思いながら袂にある手紙を開いた。その当人、ペンソからの手紙である。
<ジュウジュの兄貴に頼まれたんだけど、宜しく頼む。実は…>
「シルクレスト」
彼を呼ぶ声が、テントの中へ聞こえてきた。団員のセイクレッドだ。彼とシルクレストもまた十年以上の付き合いになるが、出会った時から虎の獣人である逞しい体躯に反したたどたどしい共通語は変わらない。
「客、話、聞きたいらしい」
セイクレッドの後ろから姿を現したのは、出で立ちからして明らかに「魔術師」だった。優男という表現がふさわしい青年…
「姫様をうぉ〜〜〜〜ッ!」
と思ったが、血走った眼でシルクレストを睨み、そして今にも襲いかかってきそうな勢いでこちらに走り寄ってきた。
「うあぁッ!」
思わず悲鳴を上げたシルクレストは、再び仰向けにこけた。
「うちの姫様をご存じありませんかぁ〜〜〜〜ッ!」
今度は涙目で倒れたこちらを見下ろしている。どこかで見た顔だなと、シルクレストは考え右手にまだ掴んでいる手紙に目をやった。
こいつ、もしかして…
ついさっき手紙にあった似顔絵は、まさに自分を見下ろしているこの魔術師ではないか。
「ファルシーオ=ルルカ姫だな?」
「そうです、その通りですぅ〜〜〜〜!」
目の前にいる魔術師はシルクレストの胸元を揺さぶり、狂喜の声を上げた。そんな様子に軽く驚いたセイクレッドはシルクレストに尋ねる。
「シルクレスト、お姫様を知ってるのか?」
彼は数日前に会った、フィオが件の姫君だということには気づいていないらしい。
「まあな。でもよう、ジニアス=ジスタッフ」
己の名を呼ばれたジニアスは正気に返り、その手を離した。ゆっくりと起き上ったシルクレストは、にんまりと笑った後にジニアスの姿を上から下まで一瞥した。
顔は並より上。飾れば見栄えもするし、悪くはないだろう。
何か思いついたらしい。クックックと喉で笑うと、こう呟いた。
「お姫様の情報が知りたければ、対価が必要だよな」
「対価?」
「そう、対価だ」
シルクレストは昔を思い起こす。あの時のサンドラは、こんな思いで目の前に立つ伝承の者達に悪戯をしたのだろう。
「うちの一座はな、今あるもので舞台を作る。出稽古が基本なんだ」
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「強くなりたい、あいつやアレス王のように」
三年程前、アレスに負けたあの日にフィオは言った。国王はフィオを実の妹のように可愛がってくれている。伝承のレインから一貴族の姫が直々に剣の指南を受ける事など、常識では考えられないめでたい話だが、ジニアスとそしてフィオの父親オルトロスは快く思っていなかった。
腕に自信を覚えたフィオは、命の恩人である少年戦士との再会を夢見て外界へと出るだろう。それは何としても避けたい。オルトロスと自分の目が届く範囲であれば問題はない。ましてレインの住まうライム城であれば安全であると思ったのに。そこを頼って、オルトロスはフィオを連れ城へ参じたのだから。
「すべてを陛下に打ち明けてしまえば…」
「んあ?」
無意識に零れた独り言に、ダジリンという大男が反応した。
「いえ、なんでもありません」
あれからジニアスは、とんでもない目にあった。
出稽古が主体だというシルクレストから、ジニアスに差し出されたのはまるで水着のような舞台衣装に、派手な羽根のついた髪飾りだった。
これは一体何の冗談です?
ジニアスは笑ってそれを彼に返そうとしたら、後ろからセイクレッドに肩を掴まれた。無言でこちらを見つめるその眼には、嫌とは言わせない雰囲気が漂う。さらに、彼の背後から、戻ってきた踊り子の女性がにっこりと微笑む。エルフ特有の切れ長の耳に揺れる幾つものイヤリングが、軽やかに貴金属の高い音を奏でた。
「ふ〜ん、彼が今晩の相方? 大丈夫なんでしょうね、シルクレスト」
「そこはクルエの腕の見せ所だろ。適当にぐるぐる回しておけよ」
て、適当にぐるぐる回すッッッ〜〜〜〜?
大慌てで逃げ出してきたジニアスは、独自に情報を入手しメィアットの村へと辿り着いた。そこで会った奇妙な三人組が言うには、フィオ達はもうアルティマへと向かったというのだ。
「アルティマ…、災いが眠る臥床」
なんとしてでも、連れ戻さねばならない。
「さっきからブツブツ。危ない奴だなぁ」
奇妙な三人組の首領、ダジリンは呆れてジニアスに振り返った。ジニアスは今この三人組と共に、ファンジーム東の果てパータリプトラに向かっている。そこからアルティマへと渡ることができるらしい。
「んなぁ、ジニアスとか言ったなぁ。お前、ツンツン頭に恨みでも買ったのかぁ?」
「せやなぁ、ツンツン頭は怒らすとえらいことやで。怒髪天を衝くや。わいらもぎょーさん、しばかれたさかい」
ダジリンの台詞に、アッサムという変わった言葉を話す男も笑う。
「ツンツン頭?」
誰かの事を指しているようだが見当もつかないジニアスは、残る一人、女のような格好をした男セイロンに尋ねた。
「そうよぉ、ツンツン頭。今をときめくアレス=フォン=ラントライ。ブルーストーンのレイン。ライム国王陛下じゃない?」
「そ、そんな滅相もない! 私がいつ、陛下の…」
と言いかけたところで、今までの旅が走馬灯のように蘇った。
あまりに偶然過ぎる。
フィオは聖戦の旅路を辿っているが、その道筋に必ず彼らのような聖戦に所縁のある人間が待っていた。王家に仕えるジニアスは勿論、彼らの事を知らないはずがない。
聖戦におけるレインの旗艦、飛空艇レオハルト。失われたコンピニア魔道文明の遺産である巨大戦艦に乗ったクルー達。シャヌーンで会ったリップ、ダイス。そしてジェナード。ファンジームで会ったシルクレスト、クルエとセイクレッド、そして目の前の三人組。彼らすべてレオハルトのクルーなのだ。
「これは陛下のお導きなのですか…」
愕然としてジニアスはその場に立ち尽くした。フィオが旅立つ際に、アレスは何と言ったか?
「可愛い子には旅をさせよ」
と…
確かそう言ってはいなかったか?
ならば、ジニアスのような一介の魔術師がフィオの旅を阻止する事ができるはずがない。レインの強大な力に立ち向かうすべなど、あるはずがない。
ジニアスの様子を伺うダジリンは、さらに追い討ちをかけるように言い放った。
「ジュウジュがよぅ。ライムランド中のグリーンウッドに命令したらしいぞぉ。あの小僧の旅を邪魔するやつを、邪魔しろってなぁ。それってお前のことじゃんかぁ、ガハハハ〜」
「ちょっとぉ、それって秘密だったんじゃないの?」
「んあ、そうだっけ?」
「あちゃあ、言うてもうた」
「そんな…」
ガクリと膝を落としたジニアスに対し、流石の三人もかける言葉を失った。
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アルティマ、ベルナの街。メリューンの店の主リーブは一枚の手紙を広げていた。ここは古書店であると同時に、グリーンウッドのベルナ支部である。カウンターをはさんで対峙して立つエルシュリク魔法学校の教師アリスタは、興味深そうにその手紙を覗き込んだ。
「さきほどこの手紙のお尋ね者が、私の学校を訪ねてきたよ」
「ここには現れなかったな」
「いい加減気づいたのではないか? フィオ達の旅にはレインとそしてレオハルトのクルー、つまりグリーンウッドも関わっているということに…」
面白そうに笑うアリスタは、背負い袋を肩にかけた。遠方へ出かけるような、小さくまとまった荷物だ。それを認めたリーブは少しさびしそうに聞いた。
「お前も旅に出るのか?」
「いや、私は彼をお姫様の所へ連れて行くだけだよ。ついでにレニーにも会いに行こうと思う」
「あの魔術師とお姫様を引き合わせるのか?」
「カタリム=クロラフィル校長の勅命なんでね」
カタリムという名にリーブが頭をひねっていると、アリスタは再び小さく笑って答えた。
「彼女もまたレオハルトのクルーだ」
「なッ」
驚いたリーブは目を白黒させている。
「ライムから遠く離れたアルティマの地だ。さすがの魔術師も連れ戻すのはあきらめるだろう。それにな、彼らはサンタマリアにわたりレッドストーンのレイン、ヨシュリア巫女王と謁見するのだから」
フィオ達がヨシュリア巫女王の元へと向かう。ジニアスの師の元に。
「姫様はともかく、他の者は普通の冒険者なのでしょう。なのに、なぜ彼らが師匠とお会いする事が許されるのですか!」
エルシュリク魔法学校、魔術師養成学校であるとともに魔術師ギルド総本部である組織の長は自分よりも年下と思われる少女だった。彼女もまたレオハルトのクルーである。彼女、カタリムは優しくジニアスの疑問に返した。
「選ばれたんです。彼女達も、そしてあなたも…」
「選ばれた?」
「はい」
満面の笑みで答える。そして、カタリムはこちらへとゆっくり歩いてくるアリスタの姿を認め、吐息をついた。やり切れない思いで、聖戦を思い起こした彼女からはこれまでの明るい笑みは消えていた。
「レオハルトに乗ってレインと共に戦った私達が出来なかった事を、あなた達がなしてくれる。そう信じています」
「一体、姫様と私達に何をさせようというのですか?」
「聖戦でレインは悪夢からこの世界を救った。しかし、レインはいつ救われるのでしょうね?」
「ッ!」
ジニアスの脳裏に、ヨシュリアの顔が浮かんだ。彼女が亡くした母と従妹の話をした際に見せた表情に、カタリムの重い言葉が現実味を帯びた。
ヨシュリアが抱えている心の闇は深い。ジニアスは世界最高位の魔術師ヨシュリアの下で一年の修行に耐えた。厳しい修業の中で、彼女が藍色の宝石のついたティアラを持って城のバルコニーから遠く北を見つめている姿を何度も目にしている。彼女の視線のその先には、極寒の大地デストニアがある。ある時、ジニアスはついにヨシュリアに聞いてしまった。そのティアラの由縁を…
巫女王陛下は己にも、そして我々にも大変厳しいお方です。お怒りを買われぬように、重々お気を付け下さい。
と、聖戦時代から彼女を知る重臣サンユンの忠告を思い出したのは、ティアラについて尋ねた直後だった。しまった、と顔を伏せるジニアスに対しヨシュリアはジニアスの方へと歩き出した。罰せられることを覚悟の上で、ジニアスは肩を竦める。修行の中、「ライアスに帰りたい」「姫様」の泣き言を上げる度、彼女から小さな炎が飛んできて火傷を作るのは日常茶飯事だったがゆえ、また服か髪が焦がされるのではないかと覚悟を決めていると、ヨシュリアは何もせずに静かにジニアスのそばを通り過ぎた。
部屋を出ようとする彼女は、こう言った。
「昔、ある男性から頂いた物です。こういった贈り物は初めてだったので、ついつい感傷に浸ってしまうのですよ。今はもう、互いの立場がそれを許さない。互いの務めを果たさねばならない…」
ジニアスは振り返った。ヨシュリアは背を向けたまま、ただティアラを握りしめていた。
「今の話は忘れなさい、ジニアス。これは命令です」
「師匠は…」
「真実の綻びを紡ぎ、そして壊れ始めた世界の理を目にするのはあなた方自身です。そしてそれに審判も下すのもあなた方なんです」
「私達にそんな資格は…」
「待たせたな、ジニアス」
二人の前にアリスタが立った。そしてリーブから預かった紙をジニアスへと渡す。
「まだ、お姫様を連れ戻すつもりか? ジニアス=ジスタッフ」
ジニアスはその手紙に目をやらなかった。ギルドからの通達、何が書かれているか今のジニアスには想像がつく。
「いいえ」
フィオと共にライムに帰る事は叶わない。ならば、彼女の傍らに付いて行くしかあるまい。堅く目を閉じ、遠い昔を思い起こす。
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フィオが生まれたあの日に立てた誓い。母と兄、そしてオルトロスとフィラデルフィアの前で7歳の彼は宣言したのだ。
あの時と一語違わず、ジニアスは再び想いを口にする。
「フィオ様はこの私がお守りいたします!」 |
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| To be continued… |
| LEGEND =Questers= |
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