第16話 タチの悪い呪い
シーンA
○リヤードの街近辺・祠
祠にある石板の文字を解読する黒いマントを羽織る赤毛の青年リュート。
その傍らに居る隻眼の剣士シャーク。
熱心に石板を読むリュートへ、ためらいながら声をかける。
シャーク 「それは古代神聖語だろう。読めるのか?」
その疑問に得意気に答えるリュート。



リュート 「これぐらいなら簡単だよ。大した事は書いてないし」
シャーク 「なんて書いてあるんだ?」
リュート 「ここにはね、あるタブーウェッジが隠されていたんだ」
シャーク 「タブーウェッジ…禁呪の封印か?」
リュート 「そうだね。おばさん…じゃなかった、ね・え・さ・んが一番心配してた禁呪だよ」
楽しそうなその言葉に、シャークは眉をひそめる。
シャーク 「いい加減、巫女王陛下を『おばさん』と茶化すのはよしたらどうだ」
リュート 「そう、そのレッドストーンのレイン・ヨシュリア巫女王陛下ですら恐れていた禁呪さ」
シャーク 「何だと!」
ニヤリと笑うリュートに、シャークは驚き声を上げる。
リュート 「禁呪『囚獄陣』。魔晶石を介することで、対象を術者の意のままに操ることのできる禁呪」
そう言った後、辛辣な顔を見せるリュート。
シャーク 「待て、ここにはもうそのタブーウェッジがないだろう?」
リュート 「持ち去られた。誰かに…」
シャーク 「それは、まずいんじゃないか?」
リュート 「だねぇ。定期的にこの祠を見回るように、ねえさんに言われてたんだけど」
リュートは入り口を見遣る。
リュート 「結界も張っておいたんだ。ねえさんから預かったガーゴイルも置いておいたのに、壊されちゃったかな」
シャーク 「『ガーゴイル』だと? 魔法構造物まで持ち出すとは、随分手が込んでいるな」
リュート 「本当にヤバい禁呪なんだってば。聖戦でね、レインとルラマーハがこの『囚獄陣』を受けたんだ。唯一禁呪の力に抗ったのは、ねえさんだけだった。それもほんの一瞬だけ」
シャーク 「ならばどうやって、その禁呪を解いたんだ。レインは…?」
リュート 「もしかして、俺がいつかシャークにこの禁呪を使うとでも思ってる?」
ニッコリ笑うリュートに、シャークはため息をつく。
シャーク 「…バカ言え」
リュート 「アハハ。解呪の方法はね、術者がその禁呪を解くか…あるいは…」
シャーク 「あるいは?」
リュートは石板にある神聖文字をなぞる。
リュート 「『人は精神と呼ばれる魂と肉体と呼ばれる器で構成される。囚獄陣はその魂に作用する魔法。心失う魂の嘆きはその魔力を無効とする』だってさ…」
シャーク 「『魂の嘆き』か…」
石板から手を離したリュートは悲しげに呟く。
リュート 「これは魔法なんかじゃない。タチの悪い呪いだね…」

○【サブタイトル】




○リヤードの街近辺・断崖
崖から街を一望する、ガイアス。
その横に立つ黒き翼を持つ天人、ルシファー。
ルシファー 「8年ぶりの下界か…フン。錆びた世界だ」
ガイアス 「魔王・ルシファー。貴様に課せられた務めは『魔族を集め、エデンノアの女の元へ送ること』。それだけだ。派手に動くな」
ルシファー 「おんな…か?」
狂ったように笑うルシファー。
ルシファー 「フハハハ…色褪せた夢界。偽りの平和に奢れる人間どもよ。あの娘の居ないこのライムランドに私は興味はない〜〜〜〜ッ!」
そうして、ガイアスを睨む。
ルシファー 「むしろお前に興味があるぞ、仮面。お前はバルナギーゼという男とは違う」
ガイアス 「……」
ルシファー 「お前が身に纏うのは絶望、その瞳に零れるは血涙。望みは世界の破滅か?」
ガイアス 「……」
ルシファー 「無駄な詮索はするなということか。まあよい。世界の破滅…聖戦の再来。お前の話に乗ろう」
消えるルシファーの姿。
ガイアスは呟く。
ガイアス 「『星降る刻、虹は立つ』…」
天を見上げるガイアス。
ガイアス 「星と虹が再び逢えば…それでいい」

○リヤードの街・裏通り
寂しい街並。
所々に閉じた店と、空き家が目立つ。
すれ違う人は貧しげな魔族。
一行に目もくれず、足早に過ぎ去る。
フィオ 「なんかさ、辛気臭い街だよな」
ルーン 「あの半魔族が言ってただろ。この大陸は、まだ魔将と戦える魔族が少ない。ましてや、『魔王』がどうとか抜かしやがる『エデンノア』が居る。聖戦からもう8年も経つってのに、進歩のねえ野郎だ」
フィオ 「ガイアスか…」
ルーン 「……」
顔を伏せるフィオ。
フィオ(M) 「ガイアスは、イヴンの父さん・ベドゥインの記憶を封じていった」

フィオの回想・イヴンの家
ベッドの上で体を起こすベドゥインは、驚いて否定する。
ベドゥイン 「いや知らんな、ジャキィスという男など。お前達は誰かと勘違いをしていないか?」
イヴンは悲痛の声を上げ、ベドゥインの肩を揺する。
イヴン 「何言ってるんだい、父さん。あたしが子供の時も、それに聖戦が終わってからだって、会ったじゃないか!」
頭を抱えるベドゥイン。
ベドゥイン 「すまん、イヴン。さっぱり思い出せんのだ」
イヴン 「そんな…」

フィオ(M) 「封じられた記憶は『ジャキィスの過去』だ。ジャキィスは魔王の支配に対抗する方法を探していた。だから、ジャキィスはクテシフォンへ。神具を探していたんじゃないかと思う。
でも神具は、聖戦が終わった今、アレス王が居るライム城に奉納されてるってジニアスが言ってた。だったら、なんでガイアスは今更ジャキィスを?」
フィオはルーンを見上げる。
フィオ(M) 「母さんが行方不明になった事も、もしかしたらジャキィスと関係あるのかもしれない」
腕を組むフィオ。
フィオ 「ジャキィスってひどいよな」
突然話しかけられて驚くルーン。
ルーン 「はあ?」
フィオ 「だってさ、子供のルーンをクテシフォンに放っておいて、自分は母さんを探して旅してるんだ。オレなんか、生まれてからず〜っと親父がべったりだもんな」
ジニアス 「何をおっしゃってるんですか、姫様!」
フィオ 「おまけにこんな見張りまで付けてやんの」
ジニアス 「ひ、ひどい」
ルーン 「お前の父親はお前が心配なだけだろ」
フィオ 「ルーンの父さんは、ルーンみたいにいい加減だよな」
ルーン 「おい、待て。『俺みたいに』ってのは、どういうこった?」
フィオ 「そのまんまじゃん。お腹が減らないとクエストしないし、すぐに『めんどくせえ』『かったりぃ』だろ? アハハ!」
笑いながら、先に駆けていくフィオ。
ルーン 「おい、今は…ったく」
フィオの後を追いかけるルーン。
その二人の背を見つめるジニアス。
辛そうなジニアスの表情に、グレイは優しく声をかける。
グレイ 「少しづつ戻ってきてるよね。前みたいに」
ジニアス 「グレイさん」
グレイ 「ジニアスは僕達の最初の頃の旅を知らないからだろうけど。フィオに会ってもう1年、ルーンはすごく変わったよ」
ピノ 「そうね、今回ガルシアン様に会いに行くのに『レインには絶対会わない、お前たちだけで勝手にしろ』って言わないもの」
ジニアス 「……」
グレイ 「旅の目的が…『本当のレインを知りたい』だけじゃなくなったから不安?」
ジニアス 「え?」
グレイ 「だよね。あの二人はそれだけじゃない。お母さんを探そうとするよ」
ジニアス 「それだけは…」
ピノ 「だから何で『フィア』は死んだって決めつけるのよ?」
ジニアス 「フィア様は…」
ピノ 「フィオに似てるって言ってたわよね? あたしも一緒に探しに行こうかなぁ〜。今度肖像画があったら見せてよね!」
グレイ 「ジニアスもフィオ達と一緒にフィア様を探しに行けばいいじゃない?」
ジニアス 「……」
短く息をついた後、話題を変えるように呟くジニアス。
ジニアス 「この旅はレインにより導かれています。ですから、今、姫様をライアスへ連れ戻すことは出来ません。
けれど、夢の小箱を開け私達がレインの真実を知った後には必ず、オルトロス様の元へ帰ります」
グレイ&ピノ 「……」
呆れたように肩をすくめ、顔を合わせるグレイとピノ。
ジニアス 「そう言うグレイさんこそ、真実を知った後はどうするのですか?」
グレイ 「え?」

フラッシュバック・グレイの記憶
グレイの頭上に現れるバルバロス。




グレイ 「聖戦を謳う…いや、謳いたいんだけどね。あの時のことは、まだ怖いから…」
苦笑するグレイ。
グレイ 「僕にはまだその覚悟がないや」

○同街・ガルシアンの隠れ家
街外れ、廃屋のような荒れた小屋。
物色するリュートとシャーク。
シャーク 「やれやれ、すでに動いた後か。どうする?」
リュート 「どうするもなにも、また連絡待つしかないじゃん」
胡坐をかいて座り込んでしまうリュート。
リュート 「エデンノアが本気で動きだしたからなぁ。信用できる魔族もこの街には居ないんじゃない」
シャーク 「禁呪探しどころの話じゃなくなったな」
リュート 「もう俺にはキャパオーバーだよ」
シャーク 「おい、今のお前の役目はガルシアンの補佐だろう? またヨシュリアに絞られるぞ」
リュート 「はあ、だから俺。クロスナイツなんて役、引き受けたくなかったんだけどな…ッ!」
何かに気づいたように立ち上がるリュート。
シャーク 「どうした、リュート?」
リュート 「誰か来る」
何者かが扉を開ける。
一瞬のうちに戸を開けた人間・フィオの口を覆い、掌を眼前に翳すリュート。
フィオ 「ッ!」
リュート 「動かないで、じゃないと真っ黒焦げだよ」
ルーン 「フィオッ!」
リュートを狙う強烈な殺気。
振り下ろされる、神具の斧。
驚くリュートは即座にフィオから離れる。
リュート 「うわ!」
シャーク 「チッ」
剣を抜いたシャークはルーンの神具を受ける。
ルーン 「な」
フィオ 「!」
その隙にリュートの腕を離れるフィオは、間合いを置いて自分の剣を抜く。
リュート 「!」
フィオ 「もう一人居たか!」
リュートとシャークの前、武器を構えるフィオとルーン。
リュート 「うあ、ちょっと待った待った!」
フィオ&ルーン 「?」



両手を上げるリュート。
フィオの背後から二人を呼ぶ声が響く。
ジニアス 「姫様〜、お待ち下さい〜!」
グレイ 「フィオ〜!」
ピノ 「ルーン!」
リュート 「フィオとルーン?」
シャーク 「?」
一回、目を瞬いた後に手を叩くリュート。
リュート 「そうか、君達。ねえさんの言ってた『クエスターズ』だね!」
フィオ 「『クエスターズ』?」
ルーン 「…やれやれ」
闘志の消えたリュートに対し、武器を下ろすフィオとルーン。
シャーク 「知り合いか、リュート?」
屈託のない笑顔で返すリュート。
リュート 「ほら、ねえさんが話してたじゃん。ガルシアンに会いに来る、レインに選ばれた冒険者…」
ようやく追いついたグレイ、ピノ、ジニアス。
息を切らしてフィオの横に並ぶ。
ジニアス 「姫様に危害を及ぼす者は、この私が許しません!」
一方グレイはリュートの赤い髪に気づく。
グレイ 「真っ赤な髪。ヨシュリア様と同じ…」
ピノ 「まさか…」
ピノは一人飛んでリュートをじろじろと見つめる。
ピノ 「サンタマリアの法衣に似てるわよね、それ」
そんなピノの羽をつまむシャーク。
シャーク 「ほう、妖精か? 初めて見たな」
ピノ 「ちょ、ちょっと、放しなさいよ!」
リュート 「ダメだよ、シャーク。失礼じゃん」
指を離すと、ピノは下に広げていたリュートの手の平に落ちる。
リュート 「はじめまして、お嬢さん。俺の名前はリュート=クライシス。で、こっちはサポーターのシャーク。怖い顔してるけどね、根はいい奴だよ」
シャーク 「一言余計だ」
リュートはフィオ達の方へと顔を向ける。
リュート 「もう察しがついてると思うけどね。コードネームは『焔』」
グレイ 「クロスナイツ!」
リュート 「そ。ねえさんから話は聞いてるよ。で、物は相談なんだけどさ、手伝ってくれない?」
フィオ 「手伝うって?」
リュート 「ガルシアンがね、隠れ家を変えちゃったんだよ。また探さないと、エデンノアが…」
そこへ、街中に響くような男の声が反響する。
「私はエデンノアを統べるもの。聖戦により魔界を失い、悪夢から解き放たれぬ哀れな魔族達よ。今こそ奮起の時」
フィオ 「『エデンノア』だって!」
リュート 「ッ、説明してる傍から!」
小屋から飛び出す一行。
上空に映し出される幻影には、ルシファーの姿がある。
ルーン 「おい、何だ。あいつは、魔族じゃ…ない」
ルシファー 「我こそは六魔王の一人、ルシファー。黄泉より、このライムランドへ舞い戻った。
私の意に下る者は、集うのだ。今夜月が最も天上で輝く時、このリヤードを拠点としエデンノアは魔王軍となり、魔族は聖戦の栄華を再び手にしようぞ!」
その言葉に呆然とする一行。
一方、街の中心部では空を見上げる魔族達が一斉に歓声を上げる。
魔族 「オオオオォォォォ!」
魔族 「魔王万歳!」
魔族 「エデンノア万歳!」
遠方で喜ぶ魔族達の姿。
ピノ 「魔王復活って、冗談でしょ!」
フィオ 「魔王・ルシファー。黄泉より舞い戻った、ってどういう事だ?」
ジニアス 「アンデッドでしょう。何者かがシステムDを用いて、死者を蘇らせた」
フィオ 「システムDって、シャヌーンでオレ達がグリーンウッドに渡したあの液体?」
グレイ 「グリン様がこんなことするわけないよ。だとすると…」
ルーン 「そんなもん、どうだっていい。ガイアスだ、間違いねえだろう。奴はイヴンを魔王に立てられなかった代わりに、ルシファーを連れてきやがった。そういうことだ」
リュート 「あ〜あ、相談する前に最悪な事態になっちゃったな」
苦笑するリュートに呆れるシャーク。
シャーク 「笑い事じゃないだろう。どうするんだ?」
リュート 「う〜ん。せめてガルシアンが、ここに居てくれれば…」
ジニアス 「あなた方はサンタマリアのクロスナイツですよね。なのになぜ、このデストニアにいらっしゃるのですか?」
ジニアスの疑問にリュートはマントの留め金を外す。
その留め金の裏にある、サンタマリアの聖十字。
リュート 「元々は世界に散らばる禁呪の回収が俺の任務だったんだ」
シャーク 「それを理由に、サンタマリアを抜け出したんだろう?」
リュート 「う〜ん、その通りだけどさ。だから最近はデストニアのガルシアンの手伝いをしろって言われててね」
フィオ 「なんでガルシアン様の?」
リュート 「さあ、どうしてだろう?」
楽しそうに笑うリュートは、ちらりとジニアスに視線を送る。
ジニアス 「師匠がガルシアン様の下にご自分のクロスナイツを…」
リュート 「デストニアは見てのとおり、荒れ放題。聖戦が終わってもう8年経つっていうのに、未だに魔王崇拝なんかしちゃってるんだから…」
リュートはルシファーの幻影が現れた街の中心部を眺める。
リュート 「流石に本当の魔王が登場するとは思わなかったなぁ。どうしよ…」
フィオ 「戦うしかないだろ?」
他一行 「!」
フィオの言葉に驚いて声を失う他一行。
ルーン 「おい、バカか、お前は! 相手は魔王なんだぞ」
フィオ 「でも、このまま黙って見過ごせっていうのか! オレはそんなのイヤだ」

フラッシュバック・第8話
フィオとガイアスが互いの剣を交える。
ガイアス 「お前はこの世界と人々の幸せをどう考える?」

フィオ 「アレス王が…レインがヴァティスと戦ってやっと手に入れた平和な世界を壊すなんて、オレは許せない!」
ジニアス 「姫様…」
グレイ 「フィオが言うと、なんか勝てそうな気になっちゃうんだよね」
ピノ 「そうね。前に戦った魔王・ソファーラは、カタリム様が倒しちゃったもんだし。今回こそはあたし達が退治しないと!」
ルーン 「お前らなぁ、だから相手は魔王なんだぞ。ただの人間が太刀打ちできるわけ…」
ジニアス 「そうです、危険です。ガルシアン様にお会いするのを待って…」
フィオ 「なんだよ、男二人して意気地なし!」
ピノ 「そうよ、根性なし!」
ルーン 「おまえら〜〜〜〜ぁ」
ジニアス 「もし姫様がお怪我するようなことがあれば…」
グレイ 「フィオはルーンが守ってくれるよ」
フィオ&ルーン 「!」
グレイの突然の言葉に、声を失う2人。
フィオ 「何言ってるんだよ、グレイ!」
顔を赤くするフィオ。
ピノ 「さっきフィオを捕まえたリュートさんへ真っ先に向かったの、ルーンだったもんね。あの時の顔ったら…」
焦ったように顔を赤らめるルーン。
ルーン 「おい、いい加減に…」
グレイ 「僕だって不安だよ。でも、仲間が居るから頑張れる。最大限の力を出して戦ってみる」
リュート 「君達はもう…『ただの人間』じゃない」
微笑むリュート。
その言葉に振り返るフィオ達。
リュート 「ただの冒険者じゃないんだ。アレス王と巫女王の弟子、神具の操者と聖獣。絶滅したって言われてた妖精も居る。これって、普通じゃないよね」
シャーク 「だな。期限は今夜、月が最も高く上がった時刻か、もう時間はない。…ならば、勝つための作戦を練るしかないだろう」
フィオ 「うん」
頷くフィオ、グレイ、ピノ。
ルーン 「ったく。仕方ねえな」
ジニアス 「ルーン…」
渋々承諾するルーンと、今にも泣きそうなジニアス。